前々回のコラムを読んだ友人からメールを受け取った。彼女のメールに深く考えさせられたので、今回はバイリンガル育児というトピックからはいささか外れるかもしれないが、「子育てにおけるクリエイティビティ」について書いてみたい。
すべてはエリックが日本語を話さなくなったことから始まった。私が受け取ったアドバイスやかき集めた情報は、この問題の対策として、①「おかあさんは英語がわからない」を貫く、②日本語プレイグループに連れて行く、③日本語のテレビを見せる、という点に絞られていて、他に何ひとつ目新しいアドバイスがないことは私には実に驚きだった。
さて、友人のメールには、「英語がわからない、と言うことを窮屈に感じている」私に共感する彼女の気持ちと、彼女の家庭での、それに対する取り組みが書かれてあった。子どもたちに「嘘をついてはいけない」と言いながら、「嘘をつく」ことはできないと夫婦で何度も話し合った結果、嘘なしで、できることを最大限しようという気持ちで現在はバイリンガル育児に臨んでいるという。バイリンガル教育以上に嘘をつくことが子どもに与える影響の方がよほど心配であること、最後に、子育てそのものがクリエイティブでなければならない、とくくられていた。
まったくその通りだ。2月の私のコラムは「これからは心して私独自のクリエイティブなやり方で日本語を教えていくしかないのだ、と新しい年に誓ったのであった」で締められているが、そのときの私の気持ちは「その3点以外に方法がない? そんなことがあるわけがない。必ず解決できる方法があるに違いない」という確信だった。と同時に、誰に聞いても答えが見つからないのなら、自分で探すしか方法はないのだという、ちょっぴり切羽詰った気持ちでもあった。
しかし、その「切羽詰った気持ち」に直面して初めて、私にはあることが見えてきた。これまで、巷に流れる子育てのアドバイスに、専門家のアドバイスに頼りすぎてはいなかったか。Problem Solvingは私の得意とするところではなかったか。どうして子育てに関してはそれが見えなくなってしまっていたのか。
結局のところ、この問題に直面して初めて、私は子育てに関する答えが巷に転がっている、という幻想をきっぱり捨てることができた。と同時に、誰かのアドバイスに頼ったり、誰かに頼ったり(日本語プレイグループ、日本語テレビ)する以上に、親としての観察を通して私たち親子に最適な解決法を探る必要性に迫られたと言えるだろう。逆に言えば、この問題が出てこなければ、私は自分で考えてものごとを解決するという、これまでずっと大切にしてきた自らの価値観を放棄してしまったかもしれない。
子育てのアドバイスは大いに参考にしたい。でも、私のバイリンガル育児は私自身が創っていこう。結局、親としての私や夫の価値観にあい、エリックの人格にぴったりな方法は、親である私たちがいちばんよく知っているはず。友人夫婦が何度も話し合いを繰り返したように、クリエイティブな試行錯誤の過程で、私もまた成長していかなくては・・・。それに気付いたとき、失いかけていた自信が再び戻ってきた気がした。
My Bilingual Child-- バイリンガルはどう作られるのか。カナダのトロントで英語話者の夫、日本語話者の私とともに育つエリックを観察しながら、バイリンガル育児の実情、さらには日本の英語教育についても考えてみよう・・・。
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Sunday, June 5, 2011
「日本語を話さない」に対する取り組み(Feb)
bits Magazineへこれまで掲載してきた「バイリンガルで育てる」コラムは、打ち切りとさせてもらいました。編集部から私の記事への内容にクレームが来たこと、感情的な攻撃をされたことが原因でした。とはいっても、私のバイリンガル育児が終わったわけではないので、今後はこのブログにてコラムを続ける予定です。
以下は、バックナンバーです。
思えば、このコラムは私のバイリンガル育児にとって、過去1ヶ月の報告書のようなものである。今回ももちろん、ここ数ヶ月「日本語を話さない」問題への取り組みに関する報告書。
まず、エリックの日本語は明らかに少しずつ戻ってきている。日常的に使う文章、簡単な文章なら日本語を使う頻度が増えたと同時に、コード・ミクシングが圧倒的に増えている。コード・ミクシング(Language mixing, Code mixing)は、2言語以上の環境で育っている子どもに見られる現象で、複数言語を混ぜて使うことを意味する。
3歳になったころは、
- I need そっちのやつ。Mommy とってplease.
のような感じだったが、現在では複雑な英語の文章に日本語が混入する形になっている。たとえばこんな感じ・・・。
「おっきい木の上にね、エリちゃんのおうちがあって・・・、There was a big Christmas tree in the house. Then りすちゃん came to visit me. りすちゃんが来て、いっしょにクリスマス・ツリーを見て・・・We had Christmas dinner together いっしょに・・・ (私:何食べたの?)うーんっと・・・チキンとRice あ、それでWe drink (sic) wine, Eric and りすちゃん。We had a lot of fun. たのしかったよ。After that, we watched the nice Christmas tree together ピカピカしてたの。 それからりすちゃんsaid bye-bye, and 帰って行ったの・・・。はい、おしまい。This is a nice dream. マミー、この夢、好き?」
コード・ミクシングはよくないと言われるけれど、片方の言語を補う形で使われる場合には、一時的なものらしいし、とにかく文章そのものがまったく英語だった12月に比べれば、日本語が入ってきているこの傾向を、私は無論、歓迎している。
さて、この1ヶ月間、私からどんな働きかけをしたかというと、まず、カレッジを休んでみた。結局、私と話をする時間が減っていることが(日本語話者は周囲に私だけ)大きな問題なのだ。同時に、ついつい物思いにふけりがちな私も、エリックといるときはできるだけ話をし、いつもの「なんで?」にもきちんと答えるよう心がけてきた。
もうひとつ、私が思いついた方法は、「おはなし」をたくさんしてあげること。雪が降れば「雪のゆきこちゃんのはなし」を、エリックが日常的に使っているもの(ラクーンぬいぐるみやペンギン・カップ)の「由来のおはなし」やら、何でもかんでも「おはなし」に仕立てて実にベラベラとでたらめな話をしてあげるのだ。エリックは実にこの「おはなし」の魔術にひき込まれたのか、すぐに「ここのクネクネ道のおはなし!」と催促するようになり、自分でも似たようなおはなしを繰り返してみようとすることもある。
さらに、故意にエリックの知らない言葉を使って、「それ何のこと?」と聞かれるのを待つ、という方法も使っている。気のせいかもしれないが、「偶然に」とか「道草・寄り道」などの知らない言葉が出てくると、気になるのか注意を向けるように思われる。
以上はほんの一例に過ぎないのだけれど、こうした実験的な試みを経て思うに、やはり英語が大半になったエリックだけれど、彼の頭のなかから日本語が消えているわけではない、ということ。せっかくこれまで育んだ日本語の火を消さないように・・・、ということで、さて、これからも実験は続きます・・・。
以下は、バックナンバーです。
思えば、このコラムは私のバイリンガル育児にとって、過去1ヶ月の報告書のようなものである。今回ももちろん、ここ数ヶ月「日本語を話さない」問題への取り組みに関する報告書。
まず、エリックの日本語は明らかに少しずつ戻ってきている。日常的に使う文章、簡単な文章なら日本語を使う頻度が増えたと同時に、コード・ミクシングが圧倒的に増えている。コード・ミクシング(Language mixing, Code mixing)は、2言語以上の環境で育っている子どもに見られる現象で、複数言語を混ぜて使うことを意味する。
3歳になったころは、
- I need そっちのやつ。Mommy とってplease.
のような感じだったが、現在では複雑な英語の文章に日本語が混入する形になっている。たとえばこんな感じ・・・。
「おっきい木の上にね、エリちゃんのおうちがあって・・・、There was a big Christmas tree in the house. Then りすちゃん came to visit me. りすちゃんが来て、いっしょにクリスマス・ツリーを見て・・・We had Christmas dinner together いっしょに・・・ (私:何食べたの?)うーんっと・・・チキンとRice あ、それでWe drink (sic) wine, Eric and りすちゃん。We had a lot of fun. たのしかったよ。After that, we watched the nice Christmas tree together ピカピカしてたの。 それからりすちゃんsaid bye-bye, and 帰って行ったの・・・。はい、おしまい。This is a nice dream. マミー、この夢、好き?」
コード・ミクシングはよくないと言われるけれど、片方の言語を補う形で使われる場合には、一時的なものらしいし、とにかく文章そのものがまったく英語だった12月に比べれば、日本語が入ってきているこの傾向を、私は無論、歓迎している。
さて、この1ヶ月間、私からどんな働きかけをしたかというと、まず、カレッジを休んでみた。結局、私と話をする時間が減っていることが(日本語話者は周囲に私だけ)大きな問題なのだ。同時に、ついつい物思いにふけりがちな私も、エリックといるときはできるだけ話をし、いつもの「なんで?」にもきちんと答えるよう心がけてきた。
もうひとつ、私が思いついた方法は、「おはなし」をたくさんしてあげること。雪が降れば「雪のゆきこちゃんのはなし」を、エリックが日常的に使っているもの(ラクーンぬいぐるみやペンギン・カップ)の「由来のおはなし」やら、何でもかんでも「おはなし」に仕立てて実にベラベラとでたらめな話をしてあげるのだ。エリックは実にこの「おはなし」の魔術にひき込まれたのか、すぐに「ここのクネクネ道のおはなし!」と催促するようになり、自分でも似たようなおはなしを繰り返してみようとすることもある。
さらに、故意にエリックの知らない言葉を使って、「それ何のこと?」と聞かれるのを待つ、という方法も使っている。気のせいかもしれないが、「偶然に」とか「道草・寄り道」などの知らない言葉が出てくると、気になるのか注意を向けるように思われる。
以上はほんの一例に過ぎないのだけれど、こうした実験的な試みを経て思うに、やはり英語が大半になったエリックだけれど、彼の頭のなかから日本語が消えているわけではない、ということ。せっかくこれまで育んだ日本語の火を消さないように・・・、ということで、さて、これからも実験は続きます・・・。
Saturday, February 19, 2011
日本語を話さない②(3歳7ヶ月) bits Magazine 連載コラム
1日の会話が英語99%、日本語1%となったエリック(現在3歳6ヶ月)。私が日本語で言ったことは理解しているけれど、いつも英語で返してくる。そのことが気になっていた私を驚愕させる事件が数日前に起こった。
今まで「日本語で話してね」に対し、”I don’t know にほんご”と言っていたエリックだが、ちょっと無理して私の日本語を繰り返させると、それは非常にたどたどしく、その発音は日本語とは思えないものになっていた! 正直言って、このときばかりは、問題の大きさを認識した。聞けば分かるけれど、自分では話せないバイリンガルをpassive bilingualと呼ぶが、エリックも今、まさにpassive bilingualの道を辿りつつあることに気付いてはっとした。
コラムを読まれた方々、デイケアのスタッフから次のようなご指摘をいただいたので、ここで共有してみたいと思う。
・「お母さんは英語がわからない」を貫き通し、英語には絶対に反応しない
・日本語プレイグループなどに積極的に参加し、日本語で話せる友達をつくってあげる
・日本語のテレビ番組や映画などを見せて、日本語の世界の広がりを感じさせてあげる
最初の1点に関して言えば、「英語がわからない」は私も一応通してきたが、そう言いながらも、エリックの英語に日本語で答えてきた。クリスティーナ(デイケア・スタッフ)によれば、これがよくないらしい。あくまで「英語がわからないふり」をして、英語には絶対に反応しない必要があるという。
振り返ってみると、私は「でもね、それじゃあ忙しい時には事が運ばないじゃない…」と思ったり、日本語を今話さないのも子育てによくある「一時的なこと」かもしれないと思って、そこまで強く言ってはこなかった。さらによく考えてみると、私って厄介なくらいの正直者だから英語で話しながら「英語がわからない」と言うことに対して多大なためらいがあることにも気付いた。
最近のエリックが、”I’m teaching you English”と言ったり、私と夫の会話に入ってきて”See, you can speak English. You can do it!!”と言って、自分が先生役になっていると思い込んでいる節があるのは、私の曖昧な態度やためらいに対する反応なのだろうか。
さて、次のポイントは、私以外にも日本語が通じる場所があることを教える、という点。フランス語で4歳児を育てている知人からは、この問題に関して「あなたの努力が足りないからよ」とズバリ言われてしまった。家にはテレビはないし、重い腰をあげて日本語サークルに行くか・・・。
英語が伸びて日本語が低下した時期は、私が復学して多忙を極めるようになった時期、エリックがデイケアが楽しい!と感じはじめた時期と重複している。子どもと共に過ごす時間が少ないワーキング・マザー(やフルタイム学生マザー)の場合、バイリンガル育児はより大変なのかもしれない。
しかし、まだまだ取り返しがつかないわけではない。私のバイリンガル育児はやっと始まったばかり。「英語がわからないふり」が窮屈に感じている私、昼間、日本語サークルに行く時間が取りにくい私は、これからは心して私独自のクリエイティブなやり方で日本語を教えていくしかないのだ、と新しい年に誓ったのであった。
今まで「日本語で話してね」に対し、”I don’t know にほんご”と言っていたエリックだが、ちょっと無理して私の日本語を繰り返させると、それは非常にたどたどしく、その発音は日本語とは思えないものになっていた! 正直言って、このときばかりは、問題の大きさを認識した。聞けば分かるけれど、自分では話せないバイリンガルをpassive bilingualと呼ぶが、エリックも今、まさにpassive bilingualの道を辿りつつあることに気付いてはっとした。
コラムを読まれた方々、デイケアのスタッフから次のようなご指摘をいただいたので、ここで共有してみたいと思う。
・「お母さんは英語がわからない」を貫き通し、英語には絶対に反応しない
・日本語プレイグループなどに積極的に参加し、日本語で話せる友達をつくってあげる
・日本語のテレビ番組や映画などを見せて、日本語の世界の広がりを感じさせてあげる
最初の1点に関して言えば、「英語がわからない」は私も一応通してきたが、そう言いながらも、エリックの英語に日本語で答えてきた。クリスティーナ(デイケア・スタッフ)によれば、これがよくないらしい。あくまで「英語がわからないふり」をして、英語には絶対に反応しない必要があるという。
振り返ってみると、私は「でもね、それじゃあ忙しい時には事が運ばないじゃない…」と思ったり、日本語を今話さないのも子育てによくある「一時的なこと」かもしれないと思って、そこまで強く言ってはこなかった。さらによく考えてみると、私って厄介なくらいの正直者だから英語で話しながら「英語がわからない」と言うことに対して多大なためらいがあることにも気付いた。
最近のエリックが、”I’m teaching you English”と言ったり、私と夫の会話に入ってきて”See, you can speak English. You can do it!!”と言って、自分が先生役になっていると思い込んでいる節があるのは、私の曖昧な態度やためらいに対する反応なのだろうか。
さて、次のポイントは、私以外にも日本語が通じる場所があることを教える、という点。フランス語で4歳児を育てている知人からは、この問題に関して「あなたの努力が足りないからよ」とズバリ言われてしまった。家にはテレビはないし、重い腰をあげて日本語サークルに行くか・・・。
英語が伸びて日本語が低下した時期は、私が復学して多忙を極めるようになった時期、エリックがデイケアが楽しい!と感じはじめた時期と重複している。子どもと共に過ごす時間が少ないワーキング・マザー(やフルタイム学生マザー)の場合、バイリンガル育児はより大変なのかもしれない。
しかし、まだまだ取り返しがつかないわけではない。私のバイリンガル育児はやっと始まったばかり。「英語がわからないふり」が窮屈に感じている私、昼間、日本語サークルに行く時間が取りにくい私は、これからは心して私独自のクリエイティブなやり方で日本語を教えていくしかないのだ、と新しい年に誓ったのであった。
Saturday, December 18, 2010
3歳6ヶ月:日本語を話さないときの対応(bits Magazine連載コラム)
前回、「英語がみるみるうちに伸びている」というエピソードを書いたが、それから1ヶ月経った今はというと「会話のほとんどが英語になっている」という感じで、パーセンテージで言うと「英語98%、日本語2%」という、非常に憂慮すべき状況に陥っている!
私に対しても英語を使うようになり、私たちの会話は私(日本語)、E(英語)という顛末で、「マミーには日本語で話してね」にも"I don’t know how to do it"とか"I’m teaching you English”などと言って私を困らせる。
さて、こんなとき、親はどう対応すべきか。
エリックのデイケアのスタッフ・クリスティーナは「そういう場合は、ぜったいに話をしないことよ。日本語で話してくるまで話さないということを伝えて、英語は拒否すべき」と言う。以前、2言語で育てている人にも「あなたが英語を理解しないと信じさせるべき。そうでなければ、英語の方が楽だからすぐに英語に流れてしまうのは当然」というようなことを言われたことがある。
こうやって忍耐強く「英語を拒絶して、日本語を強要する」メソッド、私もそれがいいんだろうということは分かっていても、実際にはそれでは事が運ばないので、英語で言われると「マミーには日本語で話してね」と前置きをした上で日本語で対応する、という方法で今のところ対処しているが、本当のところ、これでいいのか気持ちが定まらない。
子どもは覚えるのも早いが、忘れるのもあっという間。今ここで日本語をやめてしまったら、瞬く間に日本語を忘れてしまうだろう。
英語が話せるようになったエリックは、今、非常に楽しそうに見える。3ヶ月前にデイケアに行き始めたころはほとんど話をしなかったのに、今やスタッフや友達に自分から話かけていると聞く。以前のシャイなエリックが、(英語だと)おしゃべりでユーモラスな子になっている。コミュニケーションをとれるようになった変化は親としてはうれしいし、彼にとっては英語の方がより有用性が高いわけで、エリックが英語に流れる気持ちはよく理解できる。
もうひとつ、家族のなかで私ひとり日本語で話している状態に、蚊帳の外に置かれているような気持ちになることも私の心を揺さぶっている。「日本語でね!」とあまり強く言い続けると、エリックはすっと私から離れていき、夫のところへ行くこともある。そんなときには、悲しいかな、ちょっぴり孤立感を感じてしまう。
以前は、英語環境にいながらもエリックとふたり日本語を話しながら自分たちがバブルのなかに守られているような気がしたものだ。そのバブルはあっけなくはじけて、今、もといた場所を振り向きもせず外へと向かって駆け出したエリックを眺めながら、私はひとり、軽い喪失感を感じている。
私に対しても英語を使うようになり、私たちの会話は私(日本語)、E(英語)という顛末で、「マミーには日本語で話してね」にも"I don’t know how to do it"とか"I’m teaching you English”などと言って私を困らせる。
さて、こんなとき、親はどう対応すべきか。
エリックのデイケアのスタッフ・クリスティーナは「そういう場合は、ぜったいに話をしないことよ。日本語で話してくるまで話さないということを伝えて、英語は拒否すべき」と言う。以前、2言語で育てている人にも「あなたが英語を理解しないと信じさせるべき。そうでなければ、英語の方が楽だからすぐに英語に流れてしまうのは当然」というようなことを言われたことがある。
こうやって忍耐強く「英語を拒絶して、日本語を強要する」メソッド、私もそれがいいんだろうということは分かっていても、実際にはそれでは事が運ばないので、英語で言われると「マミーには日本語で話してね」と前置きをした上で日本語で対応する、という方法で今のところ対処しているが、本当のところ、これでいいのか気持ちが定まらない。
子どもは覚えるのも早いが、忘れるのもあっという間。今ここで日本語をやめてしまったら、瞬く間に日本語を忘れてしまうだろう。
英語が話せるようになったエリックは、今、非常に楽しそうに見える。3ヶ月前にデイケアに行き始めたころはほとんど話をしなかったのに、今やスタッフや友達に自分から話かけていると聞く。以前のシャイなエリックが、(英語だと)おしゃべりでユーモラスな子になっている。コミュニケーションをとれるようになった変化は親としてはうれしいし、彼にとっては英語の方がより有用性が高いわけで、エリックが英語に流れる気持ちはよく理解できる。
もうひとつ、家族のなかで私ひとり日本語で話している状態に、蚊帳の外に置かれているような気持ちになることも私の心を揺さぶっている。「日本語でね!」とあまり強く言い続けると、エリックはすっと私から離れていき、夫のところへ行くこともある。そんなときには、悲しいかな、ちょっぴり孤立感を感じてしまう。
以前は、英語環境にいながらもエリックとふたり日本語を話しながら自分たちがバブルのなかに守られているような気がしたものだ。そのバブルはあっけなくはじけて、今、もといた場所を振り向きもせず外へと向かって駆け出したエリックを眺めながら、私はひとり、軽い喪失感を感じている。
Thursday, December 2, 2010
3歳5ヶ月:英語がみるみるうちに伸びている
(bits magazine Nov. issue)
現在、エリックは3歳5ヶ月。フルタイムでデイケアに行き始めて2ヶ月が過ぎた。この2ヶ月間、彼の英語が非常に伸びていることは、私と夫はもとより、夫の両親や近所の人にも明らかである。
現在は夫には英語、私には日本語で話してはいるけれど、私が英語をちょっとでも使うとここぞとばかりに英語で対応する。英語で話す方が楽しい、といった感じで、英語で話すときには興奮のためか声が大きくなるのでちょっと困っている。語彙に関しては英語と日本語で同等程度、ただし、語彙のうちで英語だけしか知らない語彙(faucet, ponytail, fur)、日本語しか知らない単語(お箸)もあったり、同時に「おじゃみ」と「bean bag」という言葉をどちらも知っていたにもかかわらず、それらが同一のものを指すことが私にいわれるまで気付かったり・・・、という興味深い場面にも遭遇している。
さて、自分がふたつの言語を習得していることに対する自覚はあるのだろうか。2歳半ごろだったか、あるとき「ものにはふたつ名前があるね」と言ったことがあって、自分が2言語を同時に習得しているという自覚がないのだろう、と思ったことがある。3歳2ヶ月ごろから、「エリちゃんは英語と日本語ができるね」とか「ダディは日本語ができないね」とか「ばあばは英語ができないね」と言うようになったので、英語と日本語という2つの異なる言語を学んでいるというかすかな意識が芽生えたのかもしれない。また、デイケアのお友達が「中国語を話している」というのも何となく分かっているらしい。
ふと気付くと、エリックが英語話者になっていることに私が驚くという場面もしばしばある。私が何か質問すると、以前は最初に「うーん」と考えていたのが、最近は「Ummmm…」と言ったり、「ほら、ここにあるじゃない」と言うと、「あ」と言っていたのが、「Oh!」になったり、驚いたときに「わーっ」だったのが「Oh my god!」や「Holy cow!」になったりと、こんな小さな場面でハッとすることがある。こういうとっさの対応に英語が自然に出てくる、ということは、英語がかなり上達している、というだけではなく、言語(英語)と思考の間にギャップがない(つまり、ネイティブ・スピーカー)ということなのだろう。
デイケアの影響は大きい。デイケアに行くようになってしばらくすると、エリックにはジャックという友達ができた。お互いに朝会うとHelloと挨拶を交わし、エリックも家に帰るとジャックの話をよくする。そんなときはたいてい英語になるので、「日本語で言ってね」と注意を促さなければならない。でも、私だって英語環境で起こった話を日本語でするのはちょっと面倒というか、inconvenienceだというのも経験的に知っている。
こういう状況を見るにつけ、このまま幼稚園や学校に行くようになると日本語を継続して学ぶことがどんどん難しくなるんだろうな・・・と今から心配の先取りをする必要はなかろうが、いささか気になっている。
現在、エリックは3歳5ヶ月。フルタイムでデイケアに行き始めて2ヶ月が過ぎた。この2ヶ月間、彼の英語が非常に伸びていることは、私と夫はもとより、夫の両親や近所の人にも明らかである。
現在は夫には英語、私には日本語で話してはいるけれど、私が英語をちょっとでも使うとここぞとばかりに英語で対応する。英語で話す方が楽しい、といった感じで、英語で話すときには興奮のためか声が大きくなるのでちょっと困っている。語彙に関しては英語と日本語で同等程度、ただし、語彙のうちで英語だけしか知らない語彙(faucet, ponytail, fur)、日本語しか知らない単語(お箸)もあったり、同時に「おじゃみ」と「bean bag」という言葉をどちらも知っていたにもかかわらず、それらが同一のものを指すことが私にいわれるまで気付かったり・・・、という興味深い場面にも遭遇している。
さて、自分がふたつの言語を習得していることに対する自覚はあるのだろうか。2歳半ごろだったか、あるとき「ものにはふたつ名前があるね」と言ったことがあって、自分が2言語を同時に習得しているという自覚がないのだろう、と思ったことがある。3歳2ヶ月ごろから、「エリちゃんは英語と日本語ができるね」とか「ダディは日本語ができないね」とか「ばあばは英語ができないね」と言うようになったので、英語と日本語という2つの異なる言語を学んでいるというかすかな意識が芽生えたのかもしれない。また、デイケアのお友達が「中国語を話している」というのも何となく分かっているらしい。
ふと気付くと、エリックが英語話者になっていることに私が驚くという場面もしばしばある。私が何か質問すると、以前は最初に「うーん」と考えていたのが、最近は「Ummmm…」と言ったり、「ほら、ここにあるじゃない」と言うと、「あ」と言っていたのが、「Oh!」になったり、驚いたときに「わーっ」だったのが「Oh my god!」や「Holy cow!」になったりと、こんな小さな場面でハッとすることがある。こういうとっさの対応に英語が自然に出てくる、ということは、英語がかなり上達している、というだけではなく、言語(英語)と思考の間にギャップがない(つまり、ネイティブ・スピーカー)ということなのだろう。
デイケアの影響は大きい。デイケアに行くようになってしばらくすると、エリックにはジャックという友達ができた。お互いに朝会うとHelloと挨拶を交わし、エリックも家に帰るとジャックの話をよくする。そんなときはたいてい英語になるので、「日本語で言ってね」と注意を促さなければならない。でも、私だって英語環境で起こった話を日本語でするのはちょっと面倒というか、inconvenienceだというのも経験的に知っている。
こういう状況を見るにつけ、このまま幼稚園や学校に行くようになると日本語を継続して学ぶことがどんどん難しくなるんだろうな・・・と今から心配の先取りをする必要はなかろうが、いささか気になっている。
Wednesday, November 3, 2010
bits 連載コラム10回 日本語を教えるのは私しかいない、という思い
9月、エリックは3歳3ヶ月にしてフルタイムでデイケアに行くことになった。言い換えれば、生まれて初めて100%母親の私のケアから離れて、Institutionalizedされた場所へと出ていくことになったわけで、3年間という期間を一緒に過ごしてきた私にとって、感慨は深い。
この3年間、私にはまとまって「仕事」をする時間がなかった。片手間にはやってはいたけれど、いつも隣の部屋で泣き声がするんじゃないか、「マミイ!」と呼ばれるんじゃないか、と思うと、以前のように時が経つのを忘れて無我夢中で書き物や勉強に没頭することはできなかった。そういう時が戻ってきて、正直、非常にうれしく思っている。
とはいっても、エリックと過ごしたこの3年間は、貴重な時間だった。Eがいなかったらできなかっただろう、というようなことをたくさんしてきた。公園やカフェで見知らぬ人に話しかけられたり、親切にしてもらったり、犬を触らせてもらったり(私、本当は犬はキライなんだけど)、他の母親と会話をするなかで、いろんなことを学んだ。エリックがいなかったら、こうして路上で見知らぬ人に刺激を受けるってこともなかっただろう。
それに、雪が降っても、雨が降っても、風が吹いても、毎日のように散歩に行くなかで、あることに気付いた。私って、本当に自然のなかを歩くのが好きなのだ。でも、子どもと歩くともっと楽しい。というのも、彼はいろんなところで立ち止まり、虫や花や、雪のかたまりや、石やらをじいっと観察しては、私に普段は忘れてしまいがちな、「自然の小さきもの」「名もなきもの」について教えてくれるからだ。
さらに、最近は、おかしなことを言って笑わせてくれる。おかしなことを言ってるわけではないのだけれど、彼が彼なりにあっちやこっちやの知識をつなぎあわせながら、自分の世界観を構成しようとしているなかで、私たち大人にとっては不可思議なことや勘違い、関連が見つからないことを言っているだけなのだ。そうした会話のなかで、私はいかに自分が画一的な考えしかできなくなっているかを、自分の想像力の広がりを自ら封じ込めていることを痛感することも多い。「あー、そういう色の混ぜ方はしないの」と言った私に、「どうして赤色と青色と緑色を混ぜちゃいけないの?」ときょとんとして訊ねるエリックを前に、「濁る」=「悪い」という私の判断基準に、私は束縛されてはいまいか、という疑問を感じたこともままある。
「なんで?」「何なの?」の繰り返しのなかで、日に日に上手にしゃべれるようになってきた私の3歳児。「会話をしているエリック」の姿には、親として大きな誇りを感じる。何しろ、会話はいまだ90%が日本語。そして、その日本語はほとんどが私との会話のなかで学ばれてきたのだ。つまり、私こそ彼にとっては最大の日本語リソースなのだ。3歳になるまでデイケアに入れないという決断は、ある意味では私を苦しめたけれど、エリックと可能な限り多くの会話をしてきたという満足感を、エリックがデイケアに行くようになってから感じている。この土台のうえに、私はこれからも日本語インプットを続け、エリックが今後、デイケアに慣れ、友達をつくりながら、英語の世界に出ていく姿を見守っていきたいと思っている。
この3年間、私にはまとまって「仕事」をする時間がなかった。片手間にはやってはいたけれど、いつも隣の部屋で泣き声がするんじゃないか、「マミイ!」と呼ばれるんじゃないか、と思うと、以前のように時が経つのを忘れて無我夢中で書き物や勉強に没頭することはできなかった。そういう時が戻ってきて、正直、非常にうれしく思っている。
とはいっても、エリックと過ごしたこの3年間は、貴重な時間だった。Eがいなかったらできなかっただろう、というようなことをたくさんしてきた。公園やカフェで見知らぬ人に話しかけられたり、親切にしてもらったり、犬を触らせてもらったり(私、本当は犬はキライなんだけど)、他の母親と会話をするなかで、いろんなことを学んだ。エリックがいなかったら、こうして路上で見知らぬ人に刺激を受けるってこともなかっただろう。
それに、雪が降っても、雨が降っても、風が吹いても、毎日のように散歩に行くなかで、あることに気付いた。私って、本当に自然のなかを歩くのが好きなのだ。でも、子どもと歩くともっと楽しい。というのも、彼はいろんなところで立ち止まり、虫や花や、雪のかたまりや、石やらをじいっと観察しては、私に普段は忘れてしまいがちな、「自然の小さきもの」「名もなきもの」について教えてくれるからだ。
さらに、最近は、おかしなことを言って笑わせてくれる。おかしなことを言ってるわけではないのだけれど、彼が彼なりにあっちやこっちやの知識をつなぎあわせながら、自分の世界観を構成しようとしているなかで、私たち大人にとっては不可思議なことや勘違い、関連が見つからないことを言っているだけなのだ。そうした会話のなかで、私はいかに自分が画一的な考えしかできなくなっているかを、自分の想像力の広がりを自ら封じ込めていることを痛感することも多い。「あー、そういう色の混ぜ方はしないの」と言った私に、「どうして赤色と青色と緑色を混ぜちゃいけないの?」ときょとんとして訊ねるエリックを前に、「濁る」=「悪い」という私の判断基準に、私は束縛されてはいまいか、という疑問を感じたこともままある。
「なんで?」「何なの?」の繰り返しのなかで、日に日に上手にしゃべれるようになってきた私の3歳児。「会話をしているエリック」の姿には、親として大きな誇りを感じる。何しろ、会話はいまだ90%が日本語。そして、その日本語はほとんどが私との会話のなかで学ばれてきたのだ。つまり、私こそ彼にとっては最大の日本語リソースなのだ。3歳になるまでデイケアに入れないという決断は、ある意味では私を苦しめたけれど、エリックと可能な限り多くの会話をしてきたという満足感を、エリックがデイケアに行くようになってから感じている。この土台のうえに、私はこれからも日本語インプットを続け、エリックが今後、デイケアに慣れ、友達をつくりながら、英語の世界に出ていく姿を見守っていきたいと思っている。
bits連載コラム第9回 バイリンガルで育てると言語発達が遅れる?
今回のタイトルに対する言語学者や医療専門家の答えはおしなべてNOであって、彼らは「それを実証する科学的根拠は見つかっていない」と口を揃える。これは、20年くらい前までスピーチセラピストや医師の間に浸透していた「バイリンガル環境は子どもを混乱させるだけ」という意見に抗する答えと受け取ってもよいだろう。でも、エリックが1歳半くらいのとき、バイリンガル育児をしている親たちに公園や病院で話をしてみると、「うちの子は同年代の子に比べるとちょっと遅れている」というコメントを少なからず聞いた。そのうちのひとり、非常に情報通のキャロルは、彼女と子どもはギリシア語を、父親と子どもは韓国語を、3人のときには3人の共通語である英語を話していると言っていた。そして「この状況が遅れを出していることは否めないけれど、私が調べた結果は、そのうち追いつき、すぐに追い越してゆくってものだから、心配ないの」と実に自信たっぷりに言っていた。経験からすると、私の話した多くの親が「同年代に比べると遅れているみたいだけど、それはバイリンガルで育てているから・・・」と納得していた。
エリックの場合もやっぱり遅れていた。1歳半から2歳という時期は、言葉が湧き出る時期と言われるが、エリックはあまり言葉をしゃべらなかった。パブリック・ナースからは「スピーチ・セラピストに連絡をしてみては?」と言われ、実際、そうした。でも、それが変わったのは3歳になる直前。
このころ、ちょうど日本に2ヶ月帰国したこともあって、この間、エリックは「エア・カナダに乗ったね」とか、「階段が傾いてたね」とか、まさか知ってはいないだろう、と思われるような日本語を突如としてしゃべり始めた。その様子を見ていると、これまで周囲で話される言葉をじいっと聞きながら、自分のなかに蓄えていたことがよく分かった。
個人的な性格も言語習得に影響があるということも覚えておかなくてはならない。エリックの性格からすると、まずは頭のなかにたくさんの言葉を入れ、まわりを観察しながら言葉を実際に使うまでには時間がかかっていると考えられなくもない。これは、バイリンガルで育てていようと、モノリンガルで育てていようと同じ傾向性として現れるはずだろう。
ちなみに、ある心理学者の研究結果によると、単語そのものを早いうちから使い始める子たちがいる一方で、単語そのものよりは周囲で話されている言葉のリズムやイントネーションを真似ながらバブリングを早期にする子どもがいるらしい。後者は、言葉を話すのは遅いけれど、どちらかというと記憶力がよく、言語に対する感性が備わっている場合が多い、という。「言語に対する感性」は、生まれもったものなのだろうか、というあたりも興味深い。
完全に日本語環境で暮らしている子どもに比べれば、きっとエリックの日本語の語彙は少ないに違いない。でも、その分、英語も入っているので、やはりキャロルや専門家の言うように、バイリンガルで育てられた子どもの一部には、2歳前後に一時的に同年代の子と比べると遅れが見られる可能性もあるけれど、それはほんの一時期に過ぎないのだということなのかもしれない。
Saturday, July 24, 2010
bits連載コラム第8回 絵本の読み聞かせに関するあれこれ
日本でばあばに買ってもらったカード・セットは、2枚の絵をあわせてひとつの乗り物の絵(たとえば「ふね」)をつくるもの。裏にはそれぞれ日本語(ふね)、英語(Ferry)の表記がある。
ふと思って、日本語と英語のカードを並べ、
「どっちがマミイのことば(日本語)で、どっちがダディのことば(英語)?」
と聞いてみた。すると、それぞれ当ててきた。でも、50%の確率で正解なのだから、まぐれだわね…。そう思ってもう一度、今度は別のカードを探して同じようにやってみた。また当たった。いやいや、と実証的な私は何度か同じことを試してみたが、結果は同じだった。
3歳になる1ヵ月前のことで、それまでも、というより、今のところ、私も夫も文字はまったく教えていない。音に関しては英語と日本語を区別できていたが、文字を見て別々の言語と分かるようになっているとは。本の読み聞かせの効果以外にはその理由が思い当たらない。
というわけで、英語圏での日本語の読み聞かせに関する話を今回は書いてみたい。何しろ、手に入る日本語の絵本は限られている。それに、英語の本にもよい本はたくさんあるのだから、読んで聞かせない手はない。乳児用の本なら、即興で日本語に訳しながら読んであげられた。しかし、本の難易度があがるにつれ、毎回の同時翻訳が少しずつ違ってきたりして、このやり方にいささか疑問を持つようになった。リズムが大切なのに、時に気にいらない訳になる点も問題で、それなら英語の絵本に自作の日本語訳を書き込めばいいのだけれど、私は今までそれをさぼってきている。私の友人は英語の本に、日本で探した訳書の訳を手書きで入れていて、その努力に頭が下がった。
一方で、私には未だ解けない疑問がある。それは、英語ネイティブではない私が英語の絵本を読み聞かせていいものか、というもの。英語圏で書かれたバイリンガル関連の本は、おしなべてこの私の疑問を肯定している。もちろん、ネイティブの発音に越したことはないけれど、アクセントのある言葉が害を与えるわけではない。それが私の読んだ本の答えだった。
私たちの場合は、夫が英語、私が日本語のネイティブという状況なので、半分を担う私の英語にアクセントがあっても、エリックのなかで自然矯正されると思うのだが、それにしても、では、仮に私の妹夫婦のように英語苦手という日本人カップルなら、英語の本の読み聞かせは子どもにどのような影響があるのだろうか…、と興味は尽きない。
もちろん、本の読み聞かせの効果は、発音や語彙の獲得に留まらず、本を読むことへの愛着、親子の触れ合い、想像力の育成…と多岐にわたっているので、発音という面だけに絞って考えなくてもよいのだけれど、好奇心の強い私としては、昨今、ふと気付いたら上の疑問をあれこれと考えている。
ちなみに、あるときから、「本を読んであげる」と言うと私には日本語の本を、夫には英語の本を持ってくるようになったエリック。なので、ここしばらく、私の担当は日本語だけ。毎日同じ本を読むとあきるのも私だけのようで、3歳児には10冊ほどあれば十分事足りるってことにも気付き、ほっと安心している。
ふと思って、日本語と英語のカードを並べ、
「どっちがマミイのことば(日本語)で、どっちがダディのことば(英語)?」
と聞いてみた。すると、それぞれ当ててきた。でも、50%の確率で正解なのだから、まぐれだわね…。そう思ってもう一度、今度は別のカードを探して同じようにやってみた。また当たった。いやいや、と実証的な私は何度か同じことを試してみたが、結果は同じだった。
3歳になる1ヵ月前のことで、それまでも、というより、今のところ、私も夫も文字はまったく教えていない。音に関しては英語と日本語を区別できていたが、文字を見て別々の言語と分かるようになっているとは。本の読み聞かせの効果以外にはその理由が思い当たらない。
というわけで、英語圏での日本語の読み聞かせに関する話を今回は書いてみたい。何しろ、手に入る日本語の絵本は限られている。それに、英語の本にもよい本はたくさんあるのだから、読んで聞かせない手はない。乳児用の本なら、即興で日本語に訳しながら読んであげられた。しかし、本の難易度があがるにつれ、毎回の同時翻訳が少しずつ違ってきたりして、このやり方にいささか疑問を持つようになった。リズムが大切なのに、時に気にいらない訳になる点も問題で、それなら英語の絵本に自作の日本語訳を書き込めばいいのだけれど、私は今までそれをさぼってきている。私の友人は英語の本に、日本で探した訳書の訳を手書きで入れていて、その努力に頭が下がった。
一方で、私には未だ解けない疑問がある。それは、英語ネイティブではない私が英語の絵本を読み聞かせていいものか、というもの。英語圏で書かれたバイリンガル関連の本は、おしなべてこの私の疑問を肯定している。もちろん、ネイティブの発音に越したことはないけれど、アクセントのある言葉が害を与えるわけではない。それが私の読んだ本の答えだった。
私たちの場合は、夫が英語、私が日本語のネイティブという状況なので、半分を担う私の英語にアクセントがあっても、エリックのなかで自然矯正されると思うのだが、それにしても、では、仮に私の妹夫婦のように英語苦手という日本人カップルなら、英語の本の読み聞かせは子どもにどのような影響があるのだろうか…、と興味は尽きない。
もちろん、本の読み聞かせの効果は、発音や語彙の獲得に留まらず、本を読むことへの愛着、親子の触れ合い、想像力の育成…と多岐にわたっているので、発音という面だけに絞って考えなくてもよいのだけれど、好奇心の強い私としては、昨今、ふと気付いたら上の疑問をあれこれと考えている。
ちなみに、あるときから、「本を読んであげる」と言うと私には日本語の本を、夫には英語の本を持ってくるようになったエリック。なので、ここしばらく、私の担当は日本語だけ。毎日同じ本を読むとあきるのも私だけのようで、3歳児には10冊ほどあれば十分事足りるってことにも気付き、ほっと安心している。
Thursday, July 1, 2010
bits連載コラム 第7回 バイリンガルの利点
バイリンガルであることの利点は、欠点に比べるとはるかに多い。
「バイリンガルの利点」というと、より多くの人と友達になれる、より多様な情報にアクセスできる、教育や就職の幅が広がる、その結果としての経済的な利点・・・などが簡単に思い浮かぶ。しかし、それ以上にすばらしい利点がある、ということを、バイリンガリズムに関する本を読むうちに知った。
マギル大学(モントリオール)のFred Geneseeの研究によれば、モノリンガル(一言語話者)に比べると、二言語を流暢に操る子どもたちは・・・、
· 問題解決能力にすぐれている
· より自由な発想力や想像力をそなえている
· 他者に対する寛容な態度をもっている
・・・というケースが多いという。
バイリンガル教育の専門家Colin Bakerの本のなかに、その理由が書かれていた。彼が言うには、英語のKitchenとフランス語のCuisineはともに同じ名称をさす言葉だが、ふたつの単語は含有する意味の幅に違いがある。具体的には、Kitchenは料理をする場所、Cuisineはそれから広がって想像力を発揮する場所、といったより広い意義が加わっているらしい。そして、これらふたつの言葉を知っているバイリンガル話者は、モノリンガルに比べると、単語とそれが指す意味のあいだにはより柔軟な関連性があることを本能的に知っているため、固定観念や概念にしばられたりする傾向が少なく、より柔軟な考え方ができるということだ。
もちろん、モノリンガルがこうした特長を備えられないわけではない。モノリンガルであってもすばらしい問題解決能力や発想力をもつ人たちは大勢いる。それは忘れないようにしなくてはならない点だが、二言語を習得する過程でこれらの能力が開発・訓練されるという研究結果は、私には目からうろこだった。こうした点は、就職の幅が広がったり、経済的メリットがあったりする以上にはるかに魅力的な利点ではないか。
子どもが生まれてから、どんな人間に育ってほしいのか幾度も考えてきた。子どものなかに何らかの手がかりが見られたわけではないのに、幼児のころからヴァイオリンやピアノ、英語やアート教室などに連れていくようなやり方は親も子も大変だろうなと思う。子どもの脳の80%は6歳までに完成するといわれるけれど、だからといってそれまでにすべてのことを学ばせるのは無理だし、脳だけが成長すればそれで人間幸せかと問えばそんなことは決してない。
何かに直結するわけではないけれど、人として常に成長しようとする態度を育てる、そんなことこそ大切であると思っている私にとっては、バイリンガルで育てることの効用はすばらしく感動的だった。私の育児感にしっくりくるバイリンガル教育は、その後の我が家の基本的育児方針となった。
「バイリンガルの利点」というと、より多くの人と友達になれる、より多様な情報にアクセスできる、教育や就職の幅が広がる、その結果としての経済的な利点・・・などが簡単に思い浮かぶ。しかし、それ以上にすばらしい利点がある、ということを、バイリンガリズムに関する本を読むうちに知った。
マギル大学(モントリオール)のFred Geneseeの研究によれば、モノリンガル(一言語話者)に比べると、二言語を流暢に操る子どもたちは・・・、
· 問題解決能力にすぐれている
· より自由な発想力や想像力をそなえている
· 他者に対する寛容な態度をもっている
・・・というケースが多いという。
バイリンガル教育の専門家Colin Bakerの本のなかに、その理由が書かれていた。彼が言うには、英語のKitchenとフランス語のCuisineはともに同じ名称をさす言葉だが、ふたつの単語は含有する意味の幅に違いがある。具体的には、Kitchenは料理をする場所、Cuisineはそれから広がって想像力を発揮する場所、といったより広い意義が加わっているらしい。そして、これらふたつの言葉を知っているバイリンガル話者は、モノリンガルに比べると、単語とそれが指す意味のあいだにはより柔軟な関連性があることを本能的に知っているため、固定観念や概念にしばられたりする傾向が少なく、より柔軟な考え方ができるということだ。
もちろん、モノリンガルがこうした特長を備えられないわけではない。モノリンガルであってもすばらしい問題解決能力や発想力をもつ人たちは大勢いる。それは忘れないようにしなくてはならない点だが、二言語を習得する過程でこれらの能力が開発・訓練されるという研究結果は、私には目からうろこだった。こうした点は、就職の幅が広がったり、経済的メリットがあったりする以上にはるかに魅力的な利点ではないか。
子どもが生まれてから、どんな人間に育ってほしいのか幾度も考えてきた。子どものなかに何らかの手がかりが見られたわけではないのに、幼児のころからヴァイオリンやピアノ、英語やアート教室などに連れていくようなやり方は親も子も大変だろうなと思う。子どもの脳の80%は6歳までに完成するといわれるけれど、だからといってそれまでにすべてのことを学ばせるのは無理だし、脳だけが成長すればそれで人間幸せかと問えばそんなことは決してない。
何かに直結するわけではないけれど、人として常に成長しようとする態度を育てる、そんなことこそ大切であると思っている私にとっては、バイリンガルで育てることの効用はすばらしく感動的だった。私の育児感にしっくりくるバイリンガル教育は、その後の我が家の基本的育児方針となった。
bits連載コラム第6回 バイリンガル教育の開始時期
いつか公園で私に「日本語をやめて英語で育てれば」と言ったクリスティーナはこうも言った。
「大きくなって、自分で勉強したいと思えば、そのときに始めればいい。私が10代で英語を勉強したのと同じようにね」
確かに言語学習というのはたとえ母国語であっても上限なき生涯学習であり、大人になってからでは遅すぎる、というわけではない。人生半ばにしてフランス語を学び、フランス語で書いた小説が2005年Governor Generals Literary Awardsに輝いたAki Shimazakiの例もある。
ただ、母語を介し、外国語を第2・第3外国語として学ぶという経験(というより「苦労」だわね…)を経た今、私には「偶然にも二言語を同時に習得できる環境があれば、それに越したことはない」という思いが強い。
言語学では、2言語を同時に学習した人たちをsimultaneous bilingualと呼ぶ。彼らは、いわゆる母国語というのが2言語ある状態で(どちらか一方が強くなるという傾向性はあるにしろ)、文法からちゃんと学ぶフォーマルな言語教育によって言語を習得したわけではない。
私のように母語を介して外国語を学ぶと、頭のなかに翻訳箱のようなものができ、そのなかに一回ちゃぽんとつけることによって言語は変換される。今でも、ああでもない、こうでもない、と面倒な言い方をする私は、かなりの程度、そのやり方に頼っているように感じる。一方、simultaneous bilingualの場合は、言語ごとに特定の思考経路ができるため、ひとつの言語はその言語体系のなかで自ずと処理される。1段階置く必要がないため、本人にとってのエネルギー浪費も最小限で済み、「あれまあ、さっきのは過去完了形を使わなくてはならなかったのでは?」と後で頭を悩ますような必要もない。
バイリンガル関連の本によればsimultaneous bilingualを育成するには人生の早い時期に環境を整えるのがいいらしく、生まれてすぐ、いや、最新の研究結果によると胎児のときから始めるのがよいとある。言い換えれば、simultaneous bilingualに育てるためには、本当に偶然にその環境が整っているか、親が意識的にそうした環境を与えるかどうかがカギになってくる。エリックが大きくなって、日本語なんていやだ、とか何とか言い出したらそのときはそのときの話。今のところは、親である私は意識的に彼がsimultaneous bilingualとして2言語を習得できるような環境を整えてあげたいと思っている。
「大きくなって、自分で勉強したいと思えば、そのときに始めればいい。私が10代で英語を勉強したのと同じようにね」
確かに言語学習というのはたとえ母国語であっても上限なき生涯学習であり、大人になってからでは遅すぎる、というわけではない。人生半ばにしてフランス語を学び、フランス語で書いた小説が2005年Governor Generals Literary Awardsに輝いたAki Shimazakiの例もある。
ただ、母語を介し、外国語を第2・第3外国語として学ぶという経験(というより「苦労」だわね…)を経た今、私には「偶然にも二言語を同時に習得できる環境があれば、それに越したことはない」という思いが強い。
言語学では、2言語を同時に学習した人たちをsimultaneous bilingualと呼ぶ。彼らは、いわゆる母国語というのが2言語ある状態で(どちらか一方が強くなるという傾向性はあるにしろ)、文法からちゃんと学ぶフォーマルな言語教育によって言語を習得したわけではない。
私のように母語を介して外国語を学ぶと、頭のなかに翻訳箱のようなものができ、そのなかに一回ちゃぽんとつけることによって言語は変換される。今でも、ああでもない、こうでもない、と面倒な言い方をする私は、かなりの程度、そのやり方に頼っているように感じる。一方、simultaneous bilingualの場合は、言語ごとに特定の思考経路ができるため、ひとつの言語はその言語体系のなかで自ずと処理される。1段階置く必要がないため、本人にとってのエネルギー浪費も最小限で済み、「あれまあ、さっきのは過去完了形を使わなくてはならなかったのでは?」と後で頭を悩ますような必要もない。
バイリンガル関連の本によればsimultaneous bilingualを育成するには人生の早い時期に環境を整えるのがいいらしく、生まれてすぐ、いや、最新の研究結果によると胎児のときから始めるのがよいとある。言い換えれば、simultaneous bilingualに育てるためには、本当に偶然にその環境が整っているか、親が意識的にそうした環境を与えるかどうかがカギになってくる。エリックが大きくなって、日本語なんていやだ、とか何とか言い出したらそのときはそのときの話。今のところは、親である私は意識的に彼がsimultaneous bilingualとして2言語を習得できるような環境を整えてあげたいと思っている。
bits連載コラム 第5回 我が家の場合
さて、これまで「モノリンガルで育てるか、バイリンガルで育てるか」についていろいろと書いてきたが、今回は私の立場を述べてみよう。
ひとことで言うならば、私はドクター・ホイと同様、子どもに2言語を教えることは、「親が子どもに贈れる最大のギフト」だと思っている。でも、我が家のバイリンガル教育はこのポジティブな考え方が動機になっていたわけではなく、最初は次のような、どちらかというとネガティブな動機から始まった…。
マジョリティ言語(英語)話者とマイノリティ言語(日本語)話者で構成される我が家では、以前にも述べたように、エリックをバイリンガルで育てるかどうかについて話し合いをしたことも、議論の末に「では、バイリンガルでいきましょう!」と合意した記憶もない。では、2人とも暗黙の了解として、日本語・英語の両語を教えたいと考えていたかというと、そうでもなくて、私の方は最初からエリックと英語で会話するなど考えられなかった(私の英語の発音を教えていいものか?)、夫の方はというと、日本語会話は日常会話レベルなのでこれも考えられなかった…というのが最も正確な表現になる。
私に関していえば、発音の問題はさて置いても、英語文化の子ども向け歌やお話はよく知らないし、成長した子どもとたとえば議論になったとき、第二言語での議論は私には不利だし、私の著作を読んでもらえないのはかなり残念だし・・・といったマイナス思考でエゴイスティックな理由もあった。しかし、何よりも、英語を第二外国語として学び(あるいは教え)、書くことで生きてきた私にとっては、自分の思いや思考を表現するのに最もしっくりくるのは日本語以外にはありえないという認識が強かった。
また、日本語を教えるという決断は、私の両親に対する思いが反映されてもいる。最初は結婚に大反対だった両親は、やがて時がたつにつれ、夫のことを「外国人」ではなくてひとりの人間として受け入れ、言葉の壁やイデオロギーの違いを超えて深くつながりあうようになった。両親とエリックがお互いに与え合えるものの可能性を、言語ゆえに、私の決断ゆえに切り離したくはなかった。エリックに日本語を教える決断は、私の両親に対する感謝の気持ちと愛情の表現でもあった。
反対に、移民家庭に見られるような文化や文化的アイデンティティの継承という問題は私にとっては重要ではなかった。むしろ、私は子どもには日本人/カナダ人という限定されたアイデンティティよりも、global citizenとしての意識をもって育ってほしいという願いがあり、バイリンガル/マルチリンガルはこの思いにも符合する。
知人サラの家庭では、スペイン語を教えるのに、スペイン語話者のナニーを雇っている。サラもドゥーゴもビギナーレベルのスペイン語しか話さないからである。一方、我が家は何もせずとも自然にバイリンガルで育てられる環境にあるわけで、それぞれが最もしっくりくる言語を使って子どもに話しかけることが、夫にとっても、私にとってもいちばん自然で快適な決断なのだった。
かくして、我が家では、夫は英語、私は日本語で子どもに話し、3人の会話は英語というのが自然な流れとしてできたわけである。
ひとことで言うならば、私はドクター・ホイと同様、子どもに2言語を教えることは、「親が子どもに贈れる最大のギフト」だと思っている。でも、我が家のバイリンガル教育はこのポジティブな考え方が動機になっていたわけではなく、最初は次のような、どちらかというとネガティブな動機から始まった…。
マジョリティ言語(英語)話者とマイノリティ言語(日本語)話者で構成される我が家では、以前にも述べたように、エリックをバイリンガルで育てるかどうかについて話し合いをしたことも、議論の末に「では、バイリンガルでいきましょう!」と合意した記憶もない。では、2人とも暗黙の了解として、日本語・英語の両語を教えたいと考えていたかというと、そうでもなくて、私の方は最初からエリックと英語で会話するなど考えられなかった(私の英語の発音を教えていいものか?)、夫の方はというと、日本語会話は日常会話レベルなのでこれも考えられなかった…というのが最も正確な表現になる。
私に関していえば、発音の問題はさて置いても、英語文化の子ども向け歌やお話はよく知らないし、成長した子どもとたとえば議論になったとき、第二言語での議論は私には不利だし、私の著作を読んでもらえないのはかなり残念だし・・・といったマイナス思考でエゴイスティックな理由もあった。しかし、何よりも、英語を第二外国語として学び(あるいは教え)、書くことで生きてきた私にとっては、自分の思いや思考を表現するのに最もしっくりくるのは日本語以外にはありえないという認識が強かった。
また、日本語を教えるという決断は、私の両親に対する思いが反映されてもいる。最初は結婚に大反対だった両親は、やがて時がたつにつれ、夫のことを「外国人」ではなくてひとりの人間として受け入れ、言葉の壁やイデオロギーの違いを超えて深くつながりあうようになった。両親とエリックがお互いに与え合えるものの可能性を、言語ゆえに、私の決断ゆえに切り離したくはなかった。エリックに日本語を教える決断は、私の両親に対する感謝の気持ちと愛情の表現でもあった。
反対に、移民家庭に見られるような文化や文化的アイデンティティの継承という問題は私にとっては重要ではなかった。むしろ、私は子どもには日本人/カナダ人という限定されたアイデンティティよりも、global citizenとしての意識をもって育ってほしいという願いがあり、バイリンガル/マルチリンガルはこの思いにも符合する。
知人サラの家庭では、スペイン語を教えるのに、スペイン語話者のナニーを雇っている。サラもドゥーゴもビギナーレベルのスペイン語しか話さないからである。一方、我が家は何もせずとも自然にバイリンガルで育てられる環境にあるわけで、それぞれが最もしっくりくる言語を使って子どもに話しかけることが、夫にとっても、私にとってもいちばん自然で快適な決断なのだった。
かくして、我が家では、夫は英語、私は日本語で子どもに話し、3人の会話は英語というのが自然な流れとしてできたわけである。
bits連載コラム第4回 歴史的に見れば・・・
何につけても懐疑論者の私だが、子育てに関してある程度の信頼を置いているのは、友人ドミ(有能ナニー)、シャーリーとニルダ(public nurse, home visitor)、私のかかりつけの医師ドクター・マッソン。彼らは妊娠中の私に、ことあるごとに「バイリンガルで育てなさいね!」と言っていたが、その当時の私はといえばある叔母から言われたように「英語圏で育てば自然にバイリンガルね」という程度の理解しかなかったから、彼らのアドバイスは耳を素通りしていったことをここに告白しておこう…。
考えてみれば、今までのところ「英語だけにしなさい」と言ったのはクリスティーナだけであるし、日本語を解さない夫の両親もこの件に関しては当然のごとく受け止めている。
しかし、カナダの都市で子どもに現地の言語(英語)のみを教えることが、いわば社会の約束事であったのはわずか20年ほど前のことに過ぎない。以前、あるラジオ・プログラムで、約30年前に南米から両親とともに移り住んだ女性が、当時のことを振り返り「あのころはassimilation(同化)が何より優先で、社会の雰囲気も、児童福祉専門家も、学校の教師も、家庭の外はもとより、家庭内でもスペイン語を使うことは子どもたちのassimilationを遅らせる原因となるから、英語だけで育てるようにと指導された」と言っていた。
20年以上前にハミルトンで子育てをしていた知人は、2歳になる子どもの言葉が遅いのは、家庭内で英語と日本語を両方使っていたことが原因と思い、その後は日本語をやめてしまったと教えてくれた。当時は、市の保健局や教育専門家などもバイリンガル教育に関しての知識はほとんどなく「二言語で育てると、子どもを混乱させるだけ」という通念が社会に浸透していたが、今から考えると惜しいことをしたと話してくれた。
トロントでは、ここ20年ほどの間に人口構成が大きく様変わりし、小さな子どもが集まる場では英語以外の言語にしょっちゅう出くわす。しかし、今もアメリカの多くの地域では「バイリンガル」という言葉は「英語が満足に話せない移民の子ども」と同義であるし、ネガティブなイメージが払拭されるにはまだまだ時間がかかりそうである。アメリカ人専門家が書くバイリンガル教育関連の本には、家庭の外で英語以外の言語を話しているとネガティブなコメントを受ける可能性を指摘し、その「障害」にどう対処するか、といった項目がある。現在のトロントではそんな「障害」に遭遇する可能性は限りなくゼロに近い。公式バイリンガル国家のカナダでは、アメリカに比べると概してバイ/マルチリンガルに対しては寛容である。
エリックの小児科医ドクター・ホイは、私が日本語で話しかけているのを見ると、「バイリンガル教育・・・、それこそ親が子どもに贈れる最大のギフトだね」とにこにこしていた。今の私もそう思う。そして、それが社会的に受け入れられている時代に、バイリンガル育児ができる私は何というlucky motherだろう!と過去を振り返るたびに感じている。
考えてみれば、今までのところ「英語だけにしなさい」と言ったのはクリスティーナだけであるし、日本語を解さない夫の両親もこの件に関しては当然のごとく受け止めている。
しかし、カナダの都市で子どもに現地の言語(英語)のみを教えることが、いわば社会の約束事であったのはわずか20年ほど前のことに過ぎない。以前、あるラジオ・プログラムで、約30年前に南米から両親とともに移り住んだ女性が、当時のことを振り返り「あのころはassimilation(同化)が何より優先で、社会の雰囲気も、児童福祉専門家も、学校の教師も、家庭の外はもとより、家庭内でもスペイン語を使うことは子どもたちのassimilationを遅らせる原因となるから、英語だけで育てるようにと指導された」と言っていた。
20年以上前にハミルトンで子育てをしていた知人は、2歳になる子どもの言葉が遅いのは、家庭内で英語と日本語を両方使っていたことが原因と思い、その後は日本語をやめてしまったと教えてくれた。当時は、市の保健局や教育専門家などもバイリンガル教育に関しての知識はほとんどなく「二言語で育てると、子どもを混乱させるだけ」という通念が社会に浸透していたが、今から考えると惜しいことをしたと話してくれた。
トロントでは、ここ20年ほどの間に人口構成が大きく様変わりし、小さな子どもが集まる場では英語以外の言語にしょっちゅう出くわす。しかし、今もアメリカの多くの地域では「バイリンガル」という言葉は「英語が満足に話せない移民の子ども」と同義であるし、ネガティブなイメージが払拭されるにはまだまだ時間がかかりそうである。アメリカ人専門家が書くバイリンガル教育関連の本には、家庭の外で英語以外の言語を話しているとネガティブなコメントを受ける可能性を指摘し、その「障害」にどう対処するか、といった項目がある。現在のトロントではそんな「障害」に遭遇する可能性は限りなくゼロに近い。公式バイリンガル国家のカナダでは、アメリカに比べると概してバイ/マルチリンガルに対しては寛容である。
エリックの小児科医ドクター・ホイは、私が日本語で話しかけているのを見ると、「バイリンガル教育・・・、それこそ親が子どもに贈れる最大のギフトだね」とにこにこしていた。今の私もそう思う。そして、それが社会的に受け入れられている時代に、バイリンガル育児ができる私は何というlucky motherだろう!と過去を振り返るたびに感じている。
Saturday, March 13, 2010
bits連載コラム 第3回 言語についての1考察
人には何ごとに関してもそれぞれ信条があるものだが、育児においても「ミルクより母乳」とか「離乳食は1歳から」など、およそさまざまな主張が交錯している。そういったアドバイスに、新米親なら最初はあたふたと対処するものだが、最終的に「これも受け流せばいいのね」と落ち着くのも、育児の尋常なる流れのひとつかもしれない。
「日本語をやめて英語にすればいいのよ」という言葉も、そうした主張のひとつに違いない。しかし、それでも湧き出てきた、あのモヤモヤは何なのだ…とあれから幾度となく考えている。
「2言語を知ってはじめて人は言語を知ったといえる」というゲーテの言葉は、2言語を知らなくては理解できない言葉である。英語を知ることで日本語の限定性に思い至るようになった私も(反対も然り)、日本語でなされる思考の広がりも理解した。私たちは言語の枠内でものごとを考え、言語によってそれを伝達する。それゆえ、言語は私たちの思考に深く関連し、私たちの存在自体をも規定するものと考えられている。
バイリンガルで育てるか、モノリンガルで育てるか―マイノリティ言語が混在する家庭では、ある時点でその決断を迫られる。さらに言えば、両親ともにトロントに住む日本語話者であれば、日本語で育てるか、英語で育てるか、という点で決断が要される。これらの決断には、文化アイデンティティの問題、実際問題としてのコミュニケーション問題、家族内の統合性、文化適応など、さまざまな要因が寄与する。そして、両親のこの決断は、どのような思考回路をもつか、どのような価値観を持つか、どのような職業を選ぶか、どんな交友関係をもつか…など、子どもの将来に多彩な影響を与えることとなる。
日系移民では2世でミックス、3世では日本語は完全に失われると言われる。日本語が失われると、日本文化とのつながりは絶たれるのだろうか。クリスティーナ家族の場合、広東語を教えられていないリチャードは中国文化とどのように関わることになるのだろうか。言語を通して私たちの在り方を考えると興味は尽きない。
我が家の場合、これらのことを思い巡らすことも、家庭内での議論もなく、事実上、バイリンガルで育てることなってしまって、後で「こんな重大な決断だったのね!」と気付いた…という何とも本末転倒なプロセスを経てしまった。ただし、遅ればせながら(子どもが1歳になるころ)言語について考えたり、周囲の人との会話から、私が手を染めている大仕事-エリックに日本語を教えること-は(子育てすべてに関して言えることだけれども)、彼の将来に限りない影響を与えるものであることをはっきり認識するようになった。
「日本語をやめて英語にすればいいのよ」という言葉も、そうした主張のひとつに違いない。しかし、それでも湧き出てきた、あのモヤモヤは何なのだ…とあれから幾度となく考えている。
「2言語を知ってはじめて人は言語を知ったといえる」というゲーテの言葉は、2言語を知らなくては理解できない言葉である。英語を知ることで日本語の限定性に思い至るようになった私も(反対も然り)、日本語でなされる思考の広がりも理解した。私たちは言語の枠内でものごとを考え、言語によってそれを伝達する。それゆえ、言語は私たちの思考に深く関連し、私たちの存在自体をも規定するものと考えられている。
バイリンガルで育てるか、モノリンガルで育てるか―マイノリティ言語が混在する家庭では、ある時点でその決断を迫られる。さらに言えば、両親ともにトロントに住む日本語話者であれば、日本語で育てるか、英語で育てるか、という点で決断が要される。これらの決断には、文化アイデンティティの問題、実際問題としてのコミュニケーション問題、家族内の統合性、文化適応など、さまざまな要因が寄与する。そして、両親のこの決断は、どのような思考回路をもつか、どのような価値観を持つか、どのような職業を選ぶか、どんな交友関係をもつか…など、子どもの将来に多彩な影響を与えることとなる。
日系移民では2世でミックス、3世では日本語は完全に失われると言われる。日本語が失われると、日本文化とのつながりは絶たれるのだろうか。クリスティーナ家族の場合、広東語を教えられていないリチャードは中国文化とどのように関わることになるのだろうか。言語を通して私たちの在り方を考えると興味は尽きない。
我が家の場合、これらのことを思い巡らすことも、家庭内での議論もなく、事実上、バイリンガルで育てることなってしまって、後で「こんな重大な決断だったのね!」と気付いた…という何とも本末転倒なプロセスを経てしまった。ただし、遅ればせながら(子どもが1歳になるころ)言語について考えたり、周囲の人との会話から、私が手を染めている大仕事-エリックに日本語を教えること-は(子育てすべてに関して言えることだけれども)、彼の将来に限りない影響を与えるものであることをはっきり認識するようになった。
bits連載コラム 第2回 バイリンガルで育てるか、モノリンガルで育てるか
エリックが2歳になった頃のこと。近所のプレイグラウンドで、子どもたちが歓声を上げて遊んでいるスライドやスウィングには興味を示さず、相変わらず周囲でひとり虫や花や石を見ているエリックを眺めながら、リチャード(4歳)のお母さんクリスティーナがこう言った。
「エリックはどうもシャイな子のようね」
そして、「実はね、リチャードもトロントに来たときはシャイだったのよ」と言ってこう話し始めた。
中国からやってきた彼女の家族は、リチャードが他の子どもたちと遊ぼうともせず、ひとりポツンと離れているのを見て、それがことばのせいではないかと心配し始めた。英語がまったく理解できないリチャードに、少しでも早く英語を習得してほしいとの願いから、その後は家庭内での言語を英語のみと決めると、半年ほど経ったころから、リチャードは積極的に他の子どもたちと遊ぶようになったというのだ。
そして、彼女はこのエピソードを次のような言葉で締めくくった。
「だから、あなたもエリックに周囲に溶け込んで欲しかったら日本語をやめて、英語にするといいのよ・・・」
その言葉に、私はガーンと頭を殴られたように感じたのだった。私がエリックに日本語を教えようと思う理由は、ほんの2分や3分で語りきれるものではない。私はクリスティーナのいわゆる「アドバイス」に対する反対意見を、それまで拾い集めた情報に基づき「歴史的視点に立って」、あるいは「言語学の研究結果にもとづいて」延々と語り、何とか怒りを爆発させずに済んだのだが、そうしながらも「どうして私はこんなに気分を害しているのだろう」と自分の感情が不思議でならなかった・・・。
あのとき、あんなに苛々させられたクリスティーナとの会話には、実は今も感謝している。あの会話をもとに、母語に対する私たちのアタッチメント、あるいは現在も「バイリンガル教育」に対する多様な意見があることなど、さまざまなことに思いが巡った。私が子どもに日本語で話している理由があるように、クリスティーナ家族にとっても家庭内の言語を英語にし、広東語を断念する理由があったのだ。その決断に、移民の両親特有の、子どもに対する強い保護意識と愛情を見ることもできるだろう。そう考えると、改めて多文化環境において「子どもにどの言語を教えるか」という選択の裏にはそれぞれの家庭の事情があり、いかなる理由であってもそれは尊重されなくてはならないと思えてくるのだった。
「エリックはどうもシャイな子のようね」
そして、「実はね、リチャードもトロントに来たときはシャイだったのよ」と言ってこう話し始めた。
中国からやってきた彼女の家族は、リチャードが他の子どもたちと遊ぼうともせず、ひとりポツンと離れているのを見て、それがことばのせいではないかと心配し始めた。英語がまったく理解できないリチャードに、少しでも早く英語を習得してほしいとの願いから、その後は家庭内での言語を英語のみと決めると、半年ほど経ったころから、リチャードは積極的に他の子どもたちと遊ぶようになったというのだ。
そして、彼女はこのエピソードを次のような言葉で締めくくった。
「だから、あなたもエリックに周囲に溶け込んで欲しかったら日本語をやめて、英語にするといいのよ・・・」
その言葉に、私はガーンと頭を殴られたように感じたのだった。私がエリックに日本語を教えようと思う理由は、ほんの2分や3分で語りきれるものではない。私はクリスティーナのいわゆる「アドバイス」に対する反対意見を、それまで拾い集めた情報に基づき「歴史的視点に立って」、あるいは「言語学の研究結果にもとづいて」延々と語り、何とか怒りを爆発させずに済んだのだが、そうしながらも「どうして私はこんなに気分を害しているのだろう」と自分の感情が不思議でならなかった・・・。
あのとき、あんなに苛々させられたクリスティーナとの会話には、実は今も感謝している。あの会話をもとに、母語に対する私たちのアタッチメント、あるいは現在も「バイリンガル教育」に対する多様な意見があることなど、さまざまなことに思いが巡った。私が子どもに日本語で話している理由があるように、クリスティーナ家族にとっても家庭内の言語を英語にし、広東語を断念する理由があったのだ。その決断に、移民の両親特有の、子どもに対する強い保護意識と愛情を見ることもできるだろう。そう考えると、改めて多文化環境において「子どもにどの言語を教えるか」という選択の裏にはそれぞれの家庭の事情があり、いかなる理由であってもそれは尊重されなくてはならないと思えてくるのだった。
bits magazine「バイリンガルで育てる」コラム連載に関して
トロントの日本語媒体bits magazineと私の関係は長く、創刊当時からしばらくはレストラン取材を担当していた。そのうち、フード・コラムを書くようになった。2007年にエリックが生まれてからは、バイリンガル育児・教育に関するコラムを書きたいとお願いして、2009年12月より新しいコラム「バイリンガルで育てる」がスタートした。
そもそも私が疑問に思ったのは、トロントで子育てをする人たちのための、言語教育に関するフォーラムの場が少ないこと。私にとって、子育てに関する最優先課題のひとつが言語教育。つまり、英語環境のなかで日本語を教えること。そして、こうした言語教育に関してはこれまでさまざまな家族が経験しているにもかかわらず、あまりにも公開されている情報が少ないように感じた。2言語環境で育てているからこそ出てくる疑問や問題などを取り上げる場として、コラムを書こうと決心したというのがそもそものはじまり・・・。
現時点ではまだ3回の連載だが、このコラムにはいくつか個人的に感想をいただいた。なかでも「2言語教育の実態を垣間見るのは興味深い」「他の家庭がどのように日本語を教えているかを知るのは有益」といったコメントは、私にとっては非常にありがたく、この先、第1回のコラムに書いたように、このコラムを通してみんなで経験を共有したり、疑問を出し合ったりしながら、バイリンガル育児・教育に関するフォーラムの場として機能できれば、と期待をふくらませている。
今回、やっと掲載されたコラムをバックナンバーとして公開することにした。
ご意見、感想、さらにはご自分の体験談の共有などあれば、ぜひコメントをお願いします!
そもそも私が疑問に思ったのは、トロントで子育てをする人たちのための、言語教育に関するフォーラムの場が少ないこと。私にとって、子育てに関する最優先課題のひとつが言語教育。つまり、英語環境のなかで日本語を教えること。そして、こうした言語教育に関してはこれまでさまざまな家族が経験しているにもかかわらず、あまりにも公開されている情報が少ないように感じた。2言語環境で育てているからこそ出てくる疑問や問題などを取り上げる場として、コラムを書こうと決心したというのがそもそものはじまり・・・。
現時点ではまだ3回の連載だが、このコラムにはいくつか個人的に感想をいただいた。なかでも「2言語教育の実態を垣間見るのは興味深い」「他の家庭がどのように日本語を教えているかを知るのは有益」といったコメントは、私にとっては非常にありがたく、この先、第1回のコラムに書いたように、このコラムを通してみんなで経験を共有したり、疑問を出し合ったりしながら、バイリンガル育児・教育に関するフォーラムの場として機能できれば、と期待をふくらませている。
今回、やっと掲載されたコラムをバックナンバーとして公開することにした。
ご意見、感想、さらにはご自分の体験談の共有などあれば、ぜひコメントをお願いします!
bits連載コラム 第1回 マルチリンガル都市での子育て(英語と私とエリックと)
トロントがマルチカルチャー都市であることは私だって知っていた。トロント人口の約半数は私のような外国生まれなのだもの、町の至るところで英語以外の言葉を耳にしたり、多様な書き言葉を目にすることは凡庸なる日常の風景・・・。
しかし、子どもが生まれ、はじめて「プレイグラウンド」や「ドロップイン・センター」なる場所へと足を踏み入れた私は、「マルチリンガル環境の実情」に驚嘆してしまった。母親たちは、実にさまざまな言語で子どもたちに話しかけていて、場所によっては英語の方が通じにくいドロップイン・センターもある。彼らとの会話から、家庭と外で異なる言語を話している家庭はもとより、家庭では母親・父親の言語を、外では英語を・・・と3ヶ国語環境で育つ子どもたちも珍しくないことも分かった。周囲とは英語を、子どもには自分の母語で話しかける母親を見ながら、こうして育てられたバイリンガル/バイカルチャー(あるいはマルチリンガル/マルチカルチャー)の子どもが大人になっていくトロントという場所は、「グローバルビレッジそのものだわ!」と私は密かに感動し、将来に対する希望を見たような気がしたものだ。
こんな(住んでる人には素晴らしい)トロントで、現在2歳5ヶ月になる我が家のエリックは、日本語話者の母親(私)と英語話者の父親とともに育っている。妊娠中から、友人やファミリードクターに「バイリンガルで育てなさいね!」と言われてきた私だが、「バイリンガルで育てる」ことが私自身の意志となり、育児全般の指針となるまでには、先に述べたようにプレイグラウンドで出会った名前も知らない幾多の母親たちとのおしゃべり、さらには実際、子どもの言語習得の可能性を目の当たりにするという経験を経る必要があった。そうして時間をかけながら、徐々に私は「子どもをバイリンガルで育てる」ことを私の役目のひとつと解し、同時にともすると退屈な私の育児は観察者の視線を得ることによって興味津々の一大プロジェクトになっていった(ように感じる)・・・。
親となった私がどうしても書きたいと感じたコラム「バイリンガルで育てる」では、そもそもなぜバイリンガル育児なのか、英語圏で育てばみんなバイリンガルになるのか、という素朴な疑問から、翻って、日本をバイリンガルの国にするにはどうすればいいのか・・・といった日本改造論(!)までを扱いつつ、バイリンガル育児に関するトピックを母親の目線で綴っていきたい。さらに希望を言えば、いずれはバイリンガル育児の経験を有する読者諸氏の意見も共有できたら・・・、というのが目下の私の願いである。
しかし、子どもが生まれ、はじめて「プレイグラウンド」や「ドロップイン・センター」なる場所へと足を踏み入れた私は、「マルチリンガル環境の実情」に驚嘆してしまった。母親たちは、実にさまざまな言語で子どもたちに話しかけていて、場所によっては英語の方が通じにくいドロップイン・センターもある。彼らとの会話から、家庭と外で異なる言語を話している家庭はもとより、家庭では母親・父親の言語を、外では英語を・・・と3ヶ国語環境で育つ子どもたちも珍しくないことも分かった。周囲とは英語を、子どもには自分の母語で話しかける母親を見ながら、こうして育てられたバイリンガル/バイカルチャー(あるいはマルチリンガル/マルチカルチャー)の子どもが大人になっていくトロントという場所は、「グローバルビレッジそのものだわ!」と私は密かに感動し、将来に対する希望を見たような気がしたものだ。
こんな(住んでる人には素晴らしい)トロントで、現在2歳5ヶ月になる我が家のエリックは、日本語話者の母親(私)と英語話者の父親とともに育っている。妊娠中から、友人やファミリードクターに「バイリンガルで育てなさいね!」と言われてきた私だが、「バイリンガルで育てる」ことが私自身の意志となり、育児全般の指針となるまでには、先に述べたようにプレイグラウンドで出会った名前も知らない幾多の母親たちとのおしゃべり、さらには実際、子どもの言語習得の可能性を目の当たりにするという経験を経る必要があった。そうして時間をかけながら、徐々に私は「子どもをバイリンガルで育てる」ことを私の役目のひとつと解し、同時にともすると退屈な私の育児は観察者の視線を得ることによって興味津々の一大プロジェクトになっていった(ように感じる)・・・。
親となった私がどうしても書きたいと感じたコラム「バイリンガルで育てる」では、そもそもなぜバイリンガル育児なのか、英語圏で育てばみんなバイリンガルになるのか、という素朴な疑問から、翻って、日本をバイリンガルの国にするにはどうすればいいのか・・・といった日本改造論(!)までを扱いつつ、バイリンガル育児に関するトピックを母親の目線で綴っていきたい。さらに希望を言えば、いずれはバイリンガル育児の経験を有する読者諸氏の意見も共有できたら・・・、というのが目下の私の願いである。
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