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Sunday, October 7, 2012

日本に来て始まった吃音その後

日本に来て数ヵ月後に始まった吃音だが、よくなることもあれば、悪くなることもあり、未だに継続中。とくに、大泣きした後や、興奮したとき(早く何かを言いたいとき)、疲れているときなど、精神的に気持ちが高ぶったときにとくに現れるように思う。最初は英語だけに出ていると思われていたが、英語・日本語ともに出ている。



少しネット・サーチすると、親の影響が大きい、というのがやはり気になるところ。言おうとしていることを先回りして言ったり、せかしたりすることが、私はあったのだろうか。そう言われると「なかった」とは言い切れないのだが、一方では「それだけなのかなあ」という気もする。



アドバイスの大半は、親はほとんど無視するか、気にならないふりをして、子どもにも吃音を意識させないように、というもの。たしかにそうだと頷けるのだが、私たちはそれとは対照的に、エリックには「吃音は気持ちが焦っているから」と説明し、「ゆっくりしゃべるように」「吃音に気付くように」「深呼吸するように」と言ってきかせている。どちらかというと、エリックの方が気にしていない様子。ときどき吃音が出てくると、”Oh, I need to slow down!”と自ら言ったりもしている。



何が正しいのか分からないけれど、もし、あと半年ほど様子を見てひどくなっているようなら、専門家の意見を聞いてみようと思っている。

Friday, October 5, 2012

最近の様子(5歳4ヶ月,October, 2012)

日本に来てはや8ヶ月半。最初の1年という予定に照らしてみれば、もう3分の2が終わったということ。最初に思ったほど日本語は上達しておらず、同じ年の子に比べると日本語はまだまだビギナーレベル。9月からインターナショナル・スクールに行くようになって、日本語をしゃべる機会もぐっと減った。私も最近は(仕事の疲れからか、日本に対する失望からか・・・)日本語は後々やってもらってもいいかな、今は英語を母国語として学ばせておいてもいいかな・・・と感じるようにもなってきて、あまり一生懸命日本語を教えているとはいえないなあ・・・。

One of Eric's favorite playgrounds in Kyoto: Kamogawa 


・主要言語は引き続き英語だが、日本語へのスウィッチも簡単にする

・私とエリックの会話は私(日本語)、エリック(英語+日本語)。夫とはもちろん英語

・吃音はかなり減ったが、泣いた後とか疲れた日、精神的にUpsetした後にやはり出てくる。夫が熱心に指導中

・コードミクシングが頻繁に行われている

・「失礼します」とか「申し訳ありません」とか「お先です」とか「どうもどうも」など、どこで聞いてきたのかわからない丁寧語を使う(もちろん、私は教えてない)。頭を下げたりするところを見ると、どこかで誰かがやってるのを見たのか?

・英語は過去形、単数・複数形、代名詞、所有名詞などをおよそ正しく使っている。過去形の間違いがたまにある(winの過去形wonがwinedになったり、buyの過去形boughtがbuyedになったり)(継続)

・比較級の使い方(more bigger)にも間違いがある(継続)

・所有格mineがminesになっている(継続)

・アルファベットは上手に書けるようになった。日本語の文字は今のところ教えていない

・反抗期のピークは越えた? ひどく疲れていなければ、かなり冷静に話ができる

・絵を描くのが好き。引き続き抽象画専門(アクリル)。「白いところを残さずに描いてみて!」に新境地を見出し、色で塗りつぶすようになる

・「おべんきょうするよ!」と言って、「おべんきょうをするふり」をする

・「なりきり」ゲームに夢中。あるときはCat gameでネコになりきり、ある日はBug gameで虫になりきる・・・。そしてこっちもやらされる。これにはつきあってられない・・・

・食後にテーブルを拭くという仕事が与えられ、喜んでやっている

・甘いものに対する「食い意地」が張りすぎて、ときに恥ずかしい思いをさせられる

・自然が大好き。水に入ることが大好き。虫が好き

・合気道レッスンつづく(合気道のユニフォーム(?)も買った。あれを着るとちょっぴり強く見える・・・

新しい環境にも慣れたころ・・・

エリックが新しくインターナショナル・スクール(KIS) に入って1ヶ月が過ぎた。送り迎えはもっぱら夫の仕事となったので、私は夫やエリックからの報告を受けるだけだが、ふたりともKISに対しては文句なしにPositiveなようだ。あんなに夫を困らせ、私を悲しませていた「保育所に行きたくない!」がなくなり、「今日はどんな日だった?」に対する「うーん、あんまり・・・」もなくなった。それどころか、私が帰宅すると、うれしそうに学校であったことを話してくれたり、学校で習ったことを教えてくれたりする。この変化を見ていて、つくづく「学校を変えてよかったわ~」と思う。

夫によると、KISでは生徒に身に付けて欲しいスキルをきちんと提示して(たとえば、探求する力であったり、友達とコミュニケーションをする力であったり、お友達を思いやる力であったり・・・)、それを身につけるためのカリキュラムが組まれ、指導は常にこうしたスキル獲得にかんがみて行われる。少人数制なので、先生は常に生徒を観察しながら、生徒のよいところを伸ばし、矯正できるところは矯正していくことができる点も大きなサポートになっている。



思うに、シャイで何でも知りたがりの好奇心旺盛なエリックは、こういう環境ではメキメキ伸びていくに違いない。一安心、一安心・・・。

Sunday, September 16, 2012

反抗期?

思うに、最近、エリックは反抗期の真っ最中。いつごろから始まったのだろうか、と考えるに、夫が今年の夏、カナダに一時帰国したころからだという気がする。3週間ほどで帰ってきた夫はIt seems that Eric has entered a new phase.と言っていたもの。



新しく出現した問題行動のひとつは、ものを投げること。気に入らないことがあったらクッションを投げたり帽子を投げたりしている。幸い、投げているのはもっぱら軽いものなので(それも投げるといっても1メートルも飛ばさないんだけれど)、あんまり問題でもないのだが、自分の感情をものにぶつける、というのはやはり問題なので、私たちはその行動を直させようとしている。



もうひとつはいわゆるTalk backという、失礼なものの言い方。たとえば、Please stop it.と言うと、エリックがYou stop it!と切り返す。こういう言い方は相手に対して失礼だし、相手の気持ちを害するということを何度も言って教えている。



最後に、Because I want it!と言いはって、妥協をしない行動。あるいは自分の思い通りにならない場合のwining(グズグズ)も同じで、すべてが思い通りにならないときには、どういう行動を取ればみんなにとっていいのかを考えさせている。



夫はもちろんじっくり話して聞かせながら、ときにはPunishmentも与えている。今まで、エリックに関してはあまり行動面で手を焼いた、ということがない分、最初はちょっと驚いたが、ここでしっかりとどうしてこうした行動がよくないのかを自分で考えさせ、どういう行動が代わりとして考えられるか、と問うことでエリックもきっと成長できると思う。



ここ最近、滋賀県の中学生がいじめが原因で自殺をした事件をはじめ、日本ではいじめ問題がどんどん表面化しているが、親としてできることのひとつは、他人を傷つけないことの重要性を幼いころから繰り返し教えることだと思う。力による暴力だけではなく、ことばにも他人を傷つけるパワフルな力があることを、先生ではなく親が小さい頃からしっかり教えておく必要があると私は思っている。



また、Empathyということも大切である。それが自分に起こったらどうなるのか。今、その状況で他人はどう感じているか。そういう感性が大切だと思う。そのためには常に自分の感情にreflectiveでなくてはならない。怒りという強力な感情があることを、まず認め、それをみんなのためになるような形としてどうやって他人に伝えるのか、それは小さい子どもには繰り返し考えさせなくてはならない。



反抗期というのは、親にしてみれば面倒な時期ではあるが、一方で子どもにとっては多くの学びのチャンスがある時期だともいえる。いつも長期的な展望を忘れないようにしよう。エリックが将来、正しいことのできる、責任ある人間になるための仕事だと思えば、これほどやりがいのある仕事もないものだとつくづく思う。

Friday, September 14, 2012

「学校が楽しい!」

子どもが「学校に行きたくない!」と言うのを聞くと、親としては何ともやりきれないということは、私も身を持って体験した。保育所に行っている間、エリックはほとんど毎日のようにそう言った。まあ、そうは言っても泣いてダダをこねるわけでもないし、保育所でのエリックの様子を見ると特に心配することはない、と思っていたが、最後まで保育所に馴染めなかったのは事実である。

今年の夏はよくソフトクリームを食べたね


私が判断するに、その理由の最も大きいものは、エリックが保育所を「安全な場所」だと最後まで思えなかったことだ。エリックの行っていた保育所では子どもが友達を蹴ったり、叩いたりしていても、先生がやった方も、やられた方もなだめすかして何とかその場を取り繕う、というやり方が取られていたように思う。トロントで4歳まで育ったエリックにとっては、こういう場合には先生が必ずお互いから話をきちんと聞くことで原因を追究し、相手を傷つけた子どもに分かりやすく何故その行為が悪いのかを言い聞かせるのが当然なのだ。



子どもだからきちんとこういうことを説明することはできないけれど、エリックは時々、「なんで叩いた子が謝ってないの?」というような質問をして、その疑問を私にぶつけていたんだと思う。



私は子どもがその年齢相応の刺激のなかで知的に学ぶことができるためには、何よりもまず環境における安全性が確保されていなければならないと信じている。子どもがびくびく何かに怯えていたり、不安を感じたりしている状態では、真の学びなどありえない。そういう意味でも、エリックが行っていた保育所は私たち親にしてみればエリックにとってためになる場所ではないという気持ちを徐々に強めていった。



さて、今。エリックは毎日楽しそうにKISに行っている。金曜日の夜に「学校に行きたい!」と言ったり、夕食のときにその日にあったことをいろいろと楽しそうに話してくれる様子を見ると、親としては本当に安心できるし、何よりうれしい。



子どものしつけに関しては、日本は北米に比べると驚くほど遅れている。「しつけ」というのは、将来、子どもたちが責任ある社会の一員になるためのルールを教えることである。この私の印象は、何もエリックが前に行っていた保育所だけに限った話ではないと思う。概して、そういうしつけを親は家でもしていないようで、このあたりを変えると日本社会は変わるんじゃないかと思うんだが、どうなんだろう。

Saturday, September 8, 2012

鴨川でオオサンショウウオを発見!

トロントのことがなつかしい、恋しい、と思うときも多々あるが、京都も京都でいいところがたくさんある。その「いいとこ」のひとつは、京都は都市にもかかわらず自然に囲まれていること。


8月の中ごろ、京都では大雨が降って宇治川が氾濫したりして大変なことになっていたが、大雨が降った翌日、エリックといっしょに鴨川に散歩にいくと、なんと天然記念物のオオサンショウウオが! 二条と丸太町の中間くらいにある通称「亀石」と呼ばれる飛び石の下に、まるでひっかかったようになっていた。前を歩いていた若い人たちのグループが見つけて教えてくれたのだが、教えてもらわなかったらきっと見過ごしていたことだろう。50センチほどはあったと思う。かなり大きな図体、石みたいな、でも少しピンクかかった色、手と足が爬虫類っぽくって何とも愛嬌のある形だった。エリックは怖がりもせず、頭を何度かなでてあげていたが、オオサンショウウオは動かなかった。

 ジョギングをしている若い人が向こうから来たので、聞いてみると、大して驚いた様子もなく、ああ、大雨の翌日はときどき上流から流れてくるんですよ、と教えてくれた。



そのあと、エリックはいつものように鴨川に入って水遊び。私は傍でエリックを監視しつつ、本を読んでいたのだが、しばらくして誰かがオオサンショウウオを見つけたらしく、大声で叫んでいた。そして、子どもか何かがオオサンショウウオを動かしたようで、最終的に下流に流れていったようだった。そっとしておいてあげればいいものを・・・。

しかし、鴨川で私たちはいろんな動物を見ている。

ビーバーのようなかなりかわいらしい動物も何度か出町柳あたりで目撃しているし、夫とエリックはかなり大きな蛇も見ている。鴨川べりでお弁当なんか広げていた人の間近をとんびが音もなくやってきたのも見た。鴨もいるし、白鷺もいるし、水のなかにはめだかもいる。家から歩いて数分でこんな自然と出会えるというのは、何ともすばらしいことだと思う。エリックにとって、鴨川はどんなプレイグラウンドよりもワクワクする遊び場になっている。

Tuesday, August 21, 2012

日本では子どもに日焼け止めクリームをあまり塗らないのね


日本ではじめての夏を越したエリックは、驚くほど日焼けしている。

私が驚いたのは、エリックの保育所では日焼け止めクリームを塗らないこと。

トロントでは、子どもたちが外出する前にはそれぞれが持ってきた日焼け止めクリームを塗ってもらっていたものだ。

日焼け、というか紫外線に対する意識の違いなんだと思う。

カナダでは皮膚ガンに対する予防として、紫外線の強い時期になると赤ちゃんや子どもに紫外線防止クリームを塗るのが当然である。これは赤ちゃんが生まれたときに、医師に言われることだし、エリックのかかりつけのお医者さんのドクター・ホイも夏が来ると、「外出する前には日焼けどめクリームをしっかり塗っておくこと」と繰り返していた。


でも、思うのだ。女性向けの日焼け止めはよくあるし、日本の女性は日焼けに対して異常なほどに敏感である。気温が35度を超えても、全身を太陽の光線から守るような服装をしているし、へんてこりんな「日焼け防止グッズ」がたくさん発売されている。でも、これは皮膚ガンに対する対処というよりも、「美白」や「ホワイトニング」に見られるような「女性の美しさ」に関する考え方に根付いているんだと思う。

なので、日本では、「日焼け防止」は自然と女性に限られ、子どもや男性、老人はそこから漏れている、といった感じ。

夏になると、すれ違う人の日焼け止めクリームのにおいを感じとって、「ああ、夏がきたんだな」と実感していたトロントがなつかしい・・・。


エリックの保育所では子どもたちはシャツも着ず、パンツだけで外を走り回っていたりするし、どの子もやっぱり日焼けしている、というより、焦げているんじゃないかと思うほど、まあ、よく焼けている。

たしかに京都の暑さはただものではないが、やっぱりエリックにはできるだけ塗っておこう。

Monday, August 6, 2012

日本語が英語のレベルに近づいている

先日、私がエリックに「今日は日曜日だから、ダディに掃除機をかけてもらって、部屋をきれいにしてもらわないとね」と言ったら、エリックはすっと夫のところに言って、それを英語に直して伝えていた。


最近、エリックの言語習得に関してよく思うのが「エリックの日本語、英語のレベルに徐々に近づいているのでは?」ということ。


数ヶ月前までは明らかに英語の方が強かったのだが、最近は驚くほど鮮やかに日本語と英語をスウィッチする。日本語で分からない単語があればよく聞いていたのが、そういう単語もほとんどなくなっていることに気付いた。


ただし、夫に日本語を話したあと、すぐに自分で「ダディ=英語」なんだと気付いて、急いでそれを英語にする、ということもよくある。その他にも・・・


私にも英語で話しかけることが多い。

英語の単語数の方が日本語に比べてずっと多い。

同一のものでも、英語と日本語のどちらかしか知らない、というものも多い。

日本に来て、日本語の大半を保育園で習っているので、あそぶときには日本語が多い(一人遊びでも)。


というのも観察できる。日本に来て半年。徐々にではあるが、日本語が上達している様子が日増しに強くなっている。一方で、英語はこの先、どうなっていくのだろうか、そのあたりも観察していこうっと。

Thursday, August 2, 2012

英語の”like”


最近、エリックのことばのうち、やけに気になるのが英語のlike。やたらめったら出てくる。

They are like, climbing up like, a tree, like, to get some semis…


なんて感じで意味もなく使われるlike。英語圏では若者を中心にこの意味のないlikeを使うのがいわばCool(かっこいい)とされ、年配の人からは「インフォーマルだ」とかお叱りを受けるのだが、この語自体には意味はなく、日本語でいえば「えーっと」とか「あの・・・」とかいった感じだろう。(夫によれば、このlikeを多用する表現は1980年代のカリフォルニアでキャピキャピした女の子を中心に出てきたらしい。今では、少なくとも北米ではインフォーマルな会話では一般化している。)


こんなlikeをなぜエリックが多用しているのか。私も確かにときに使うし、夫も使う。でも、ふたりとも多用するわけではない。キャピキャピもののテレビ番組を見ていて、そこから影響を受けているわけでもない(だいたい、うちにテレビはない)。


考えられるのは、エリックが会話のなかで「うーんっと」とか「あのね」とかいう感じで間を取るために(間投詞)便利だと思っているのだろう、ということ。だいたい、子どもだからエリックは「うーんっと」という感じで考えることがよくあって(ときどき、私なら「はやく言ってよね!」とひそかに思ったり、夫は眠りこけそうになるフリをしたりする。それくらい、ときにまどろっこしい)、そこにぴったり来るのが、この便利なlikeなのだろう。


でも、あんまりlikeが多くていいわけがない。なので、気付いたら注意しようと思うが、ま、簡単には直らないだろうね・・・。

Wednesday, August 1, 2012

吃音のこと



最近気付いたのだが、吃音が気にならないくらい減っている。完全になくなったとはいえないが、吃音のことはすっかり忘却の彼方に追いやられていた、という感じだからかなり減ったということだろう。

帰ってきた私に、その日エリックが見つけたもの(虫とか石とか・・・)を見せようとするときには、興奮が先走って言葉がつっかえたようになる。でも、「ゆっくり!」と言うと、落ち着きを取り戻してきちんと言うことができる。


夫に言うと、確かにそうだ、と言う。そして、「最近は保育園に行って泣くこともほとんどなくなっているみたいだし」と付け加えた。夫は「ストレス=吃音」と私以上に考えているみたい。


夫は吃音が気になりはじめて、エリックに”I speak clearly, confidently.”と何度も繰り返させていた。一方ではストレスを溜めないようにとうまく話を聞きだしたり、保育園に迎えに行った帰りには鴨川で一緒に遊んだりしてきた。私の目には、エリックは夫の取り組みにすんなり入っていき、その効果が現れた、というふうに見える。私のようなSkepticsは「本当にそんなんで効果あるの?」と何でも疑ってかかるが、エリックはやっぱり子ども。夫のことを全面的に信じているんだなあと、何だかうれしくなった。

Tuesday, July 31, 2012

覚えるのも早いし、忘れるのも早い

どこから書いていいんだろう、と思うほど更新が滞っている。

つい先日、私の友人と会った際、彼女がエリックに「”かに”って英語で何と言うの?」と聞いた。同じように「せみ」も聞いたのだけれど、エリックは答えられなかった。トロントにいたときは日常的に使っていた単語だけれど、最近はこうした単語を日本語で使うようになっているので(英語の文章のなかでも←コードミクシング)、きっと忘れているに違いない。

最近、こういうことが増えている。
つまり、日常的に使わない英語の単語を忘れているように思う。
やっぱり子どもは覚えるのも早いけれど、忘れるのも早い。

日本語の方はというと、語彙が飛躍的に増えている。サランラップを指して、「この色は?」と聞くと、「とうめい」という言葉を言ったり、お皿を見て「とうき」と言ったりする。私はこういう言葉を教えた記憶がないのできっと保育園で覚えてきたに違いない。

日本に来て半年。エリックは英語を忘れているのだろうか。
英語のレベルは下がってきたのだろうか。

語彙レベルで見ると確かに「英語を忘れている」という感じがするが、私の感じでは、たぶん英語環境に置くとすぐに戻ってくるような気もする。たとえば、先日は私たちの会話はずーっと日本語でなされていたわけで、そこで突然、日本語の単語を英語に「訳してみて」と言われた、というのが実際だと思う。想像だが、もし英語でずっと話をしていて、「かに」という英語の単語が私には思い出せない、という状況だったら、エリックはすぐにCrabという単語を出してきたのではないか。たぶん、エリックのレベルのバイリンガルでは、すぐさま日本語と英語の境界線を越える、ということが無理なんではないか。
だから、環境によって頭が自然に英語頭や日本語頭に切り替わる、という感じなのだと思う。このあたりが、私のような「母国語で第二外国語(英語)を勉強した人=ESLスピーカー」とは違うんじゃないか。私の場合は、無理矢理、英語から日本語にしたり、日本語から英語にしたりすることができるが、エリックの言語習得は「文脈」あるいは「環境」のなかで行われてきているので、そこが決定的に違う、という気がする。
そうそう、エリックは8月末から英語環境のプレスクールに行くことになった。なので、きっと英語はすぐに戻ってくると思う。日本語がどうなるのか、ちょっと心配ではあるけれど・・・。日本にいながら英語環境に置くことにはちょっと戸惑いもあるが、ま、これはまた機をあらためて詳しく書くことにしよう。

Monday, June 11, 2012

「学校(保育園)に行きたくない!」


毎日のように「学校(保育園のこと)に行きたくない」と言うエリックを前に、夫と私は繰り返し、「恐怖/fearに向き合うこと」についての話をしている。夫は比較的わかりやすく話をしているが、私の話は抽象的でエリックのレベルにあっていないという感じがする(夫にも言われるし)。


きっと言葉の問題もあるだろう。私もトロントにはじめて行ったときには自分の言いたいことが半分も言えないもどかしさに自信を失いかけたものだ。カルチャーショックもあるだろう。はじめて見る日本の保育園の様子に戸惑いを感じるのは当然だ。


今、夫も私も「この場で自分の心のなかにあるfearに向き合うこと」の大切さを教えたいと思っている。もし、叩かれたことでその子に対する恐怖が大きくなって、自分のしたいことができなくなれば、それはあまりに悲しい。ここで園を変えるとか、逃げる場所をつくってあげれば、きっと今後、形を変えて別の恐怖があらわれたとき、対処の仕方がわからない、ということになる。生まれて初めて出会った恐怖心の正体を知り、それに対処する方法を学ぶことができれば、それは今後、エリックの役に立つに違いない、と思っている。


しかし、これを5歳の子どもに理解できるように話すのは簡単なことじゃない。夫は子どもにわかりやすいレベルにもってくるように比喩を使って上手に説明している。聞いているエリックも納得できるように見える。


私の見る限り、エリックは夫から何度もそうして説明を受けるたびに、立ち向かう術があることに気付くのだが、すぐに忘れるのかそれを何度も繰り返す必要がある。1日に数回、夫は同じ話をすることもある。


トロントにいたときのエリックは、毎日、喜んでキンダーガーデンやデイケアに行っていた。迎えに行くと「来るのが早すぎる!」と言ったり、週末になると「今日も学校に行きたい!」と言っていたものだ。それが、日本に来て大きくかわり、私は心のなかでちょっぴりすまない思いを感じている(すべて夫の都合で日本に来たのだから)。


ただ、日々の送り迎え担当の夫によれば、エリックはもちろん「喜んで」というのではないものの、保育園に行くまでぐずったりはしないし、泣いたりもしないという。それに迎えに行くころには、お友達と楽しそうに遊んでいるらしい。「行く必要がある」というのは理解しているので、すすんでではないものの、仕方なく行く、という感じだろうか。


じいじにこういう話をすると、「強くならんといけん!」と言うが、5歳の子に「強くなれ!」と繰り返すだけで、どうやったらそうなるのかを教えてなくては意味がないと個人的には思う。恐怖に向き合うこと。これは人生を幸せにするためのスキルのひとつでもある。私と夫の最大の願いはエリックに幸せになってほしい、ということ。今回のチャレンジはある意味でそのスキルを習得するチャンスだと思うので、こちらも諦めずやっていこうと思っている。