Saturday, March 13, 2010

bits連載コラム 第1回 マルチリンガル都市での子育て(英語と私とエリックと)

トロントがマルチカルチャー都市であることは私だって知っていた。トロント人口の約半数は私のような外国生まれなのだもの、町の至るところで英語以外の言葉を耳にしたり、多様な書き言葉を目にすることは凡庸なる日常の風景・・・。

しかし、子どもが生まれ、はじめて「プレイグラウンド」や「ドロップイン・センター」なる場所へと足を踏み入れた私は、「マルチリンガル環境の実情」に驚嘆してしまった。母親たちは、実にさまざまな言語で子どもたちに話しかけていて、場所によっては英語の方が通じにくいドロップイン・センターもある。彼らとの会話から、家庭と外で異なる言語を話している家庭はもとより、家庭では母親・父親の言語を、外では英語を・・・と3ヶ国語環境で育つ子どもたちも珍しくないことも分かった。周囲とは英語を、子どもには自分の母語で話しかける母親を見ながら、こうして育てられたバイリンガル/バイカルチャー(あるいはマルチリンガル/マルチカルチャー)の子どもが大人になっていくトロントという場所は、「グローバルビレッジそのものだわ!」と私は密かに感動し、将来に対する希望を見たような気がしたものだ。

こんな(住んでる人には素晴らしい)トロントで、現在2歳5ヶ月になる我が家のエリックは、日本語話者の母親(私)と英語話者の父親とともに育っている。妊娠中から、友人やファミリードクターに「バイリンガルで育てなさいね!」と言われてきた私だが、「バイリンガルで育てる」ことが私自身の意志となり、育児全般の指針となるまでには、先に述べたようにプレイグラウンドで出会った名前も知らない幾多の母親たちとのおしゃべり、さらには実際、子どもの言語習得の可能性を目の当たりにするという経験を経る必要があった。そうして時間をかけながら、徐々に私は「子どもをバイリンガルで育てる」ことを私の役目のひとつと解し、同時にともすると退屈な私の育児は観察者の視線を得ることによって興味津々の一大プロジェクトになっていった(ように感じる)・・・。

親となった私がどうしても書きたいと感じたコラム「バイリンガルで育てる」では、そもそもなぜバイリンガル育児なのか、英語圏で育てばみんなバイリンガルになるのか、という素朴な疑問から、翻って、日本をバイリンガルの国にするにはどうすればいいのか・・・といった日本改造論(!)までを扱いつつ、バイリンガル育児に関するトピックを母親の目線で綴っていきたい。さらに希望を言えば、いずれはバイリンガル育児の経験を有する読者諸氏の意見も共有できたら・・・、というのが目下の私の願いである。

最近の様子(2歳9ヶ月)

・いくつか歌が歌えるようになった(Tommy Thumbがお気に入り。Twinkle Twinkleは下火)
・「ぞうさん ぞうさん おなかが ながいのね」と間違って歌う
・好きな歌が聞こえると楽器になりそうなおもちゃをもって部屋中走りまわる
・ドロップインに行くのを楽しみにしている
・ひとりで本を見ている時間がずいぶん増えた
・夫には英語を使うことが徐々に増えてきた
・「あつい」と「あったかい」や「すっぱい」「塩からい」の区別がつく
・みかんの皮をむいてみんなにあげるのが好き
・言い間違いは「おななか(おなか)」「だいぶじょう(だいじょうぶ)」
・まだチョコレートを食べたことがないのに「チョコレート」と言いはじめる
・怪我したり痛いときにはすぐに「だっこマミー~」
・時計に興味をもつ(数字にも)

Tuesday, March 9, 2010

エリックの英語がわからない・わかりにくい

最近になって突然、英語の単語をたくさん使い始めたE。
日本語なら分かるのだけれど、英語になると理解できないことがままある。
単に単語や簡単な文なのだけれど…。
Daddy’s coming back late やSliding down quicklyが、今日はよく分からなかった。
夫はちゃんと聞き取っている。
反対に、日本語をしゃべるときは、私のほうがよくわかっている。
当然のことなんだけれど、ちょっと複雑…。

食べ物の要求が増える

以前はよく「今日は何食べる?」と聞いていた。答えは必ず「たーまご、ごはん」だった。最近は聞く前から、いろいろと要求が出てくる。「Me パスタとおもち食べよう きなこかけて食べよう」「Me なべ食べよう。なべとシナモンロールいっしょに食べよう」(ゲッ)「チキン、ぶどうパン、えーっと、おこのみやきにしよう」「たまごやき、わかめ食べよう」と出てくるわ、出てくるわ…。それも組み合わせってものがまるでなってない…。とはいっても、自分の要求などすぐに忘れて、別のものが出てきてもしっかり食べてくれるのでその点は安心(今のところってことね…)。

Wednesday, March 3, 2010

やっとSpeech therapistに予約ができた(8ヶ月もかかって…)

Sサウンドが出ていないこと、他の子どもへの関心が薄いこと、などの理由でトロント市(Toronto Preschool Speech & Language Service)に電話をするように言われたのが2歳になったころ。気が付けばあれから早8ヶ月。

1ヵ月ほど前に「スピーチセラピストにかかれるまでの待ち時間は6ヶ月」と言われていたので問い合わせると、「待ち時間は6ヶ月から8ヶ月に延びています」とのお返事(カナダはいろんなサービスが無料で受けられるのはいいけれど、待ち時間が長くて日本人の私には頭痛の種)。

そして、昨日、とうとう電話がかかってきて、予約ができた。今もSサウンド(あるいは「さしすせそ」)がまだはっきりしていないし、スピーチ(英語での)も遅い…(ただし、第一言語は明らかに日本語だし、日本語では遅いのか、多分そうだろうけれど比べる基準が周囲にないので私にはわからない)。夫に対しても未だに日本語主流で答えている。それと夫にいわせれば「R L」もできてないらしい。これを聞いてはっとした私。それって私じゃない? ひょっとして私のせい?
2言語環境で育てている私にはきっといろいろと貴重な情報が得られると思うので、質問事項を用意しておこう…。

会話が成り立つ②

会話1
「今、食べてるのは何?」
「Pear」
「どんな味がする?」
「うーん、ごまの味…」

会話2
本を読んだりしていて、fire fighterやpolice manが職業であることが何となく分かったようなE。
「そうそう、そういうのは職業って言うの。仕事のこと。じゃあ、マミーの仕事は何? マミーは何してる人?」
「うーん、えーっと、たぶん… てぶくろしてる人」

ちょっと違う…。

Monday, March 1, 2010

幸せな子どもに育てるには…

今日のGlobe and Mailの記事。( March1, 2010)
Dr. Christine Carter (Good Science Centre at the University of California Berkeley, Raising Happinessの著者)によれば、幸せな子どもを育てるには、持って生まれた才能や知能、あるいは結果ではなく、子どもの努力を褒めることが大切らしい。そうすると、子どもは失敗を恐れず、リスクを冒すことを恐れることなく何事にもチャレンジし自分に自信をもつことができるという。

「完璧主義はある意味で不幸の源であることをこれまで見てきました。完璧主義は、失敗や間違いを恐れたり、誰かを失望させることに対する恐怖が動機となっています。完璧主義者は、ディプレッションや不安(anxiety)といった精神疾患を患う確率が高くなるし、物事がうまくいかないと自殺を図る可能性も高い」

失敗したり間違いを犯したりすることはなるべく防ごうとするのが親心。しかし、Dr. Carterによれば、こうした親心は子どもたちを完璧主義の道へと導くし、そうするうちに子どもは親が持っている「失敗しないように」という恐怖を自ら身につけることになる。子どもたちが失敗したり、何かをやり損ねたりする経験に介入せず、そうした失敗経験から学ばせることが必要なのだ。具体的には、朝、スクールバスに遅れるからといって着替えや歯磨きを手伝ったり、お弁当を忘れたら届けたりするのではなく、そうした「失敗」を体験させる。こうすることで、子どもたちは失敗から学び、自らの方向性を見出していける。

これって完璧主義者でディプレッションに苦しんだ私には本当にうなづける。結果だけを目標にしていると、自分への自信はその結果次第となってしまうので、結果がダメだと自分もダメ…と思ってしまっていた時代は本当に辛い時代だった…。私は他人には寛容なのだけれど、自分だけには完璧主義だった。それがはっきりと見えるようになった今、この記事は非常に興味深かった。

だいたい、子どもは人間としてまだ若葉マークなわけだから、子どものときの失敗って、社会的にもある程度許してもらえる。子ども時代にそうした失敗もなく育った子どもは、大人になって取り返しのつかない失敗を犯すことがある。よく言われるように「何ごとも経験」なのであれば、失敗も経験が必要なのだ。私は自分の失敗から、エリックには自分を信じられる、自分を愛せる人になってほしいと願っているので「結果ではなく、努力を褒めること」は実に実に大切だと思っている。