Monday, September 13, 2010

絵本批評--Pumpkin Soup by Helen Cooper

秋らしさを感じるこの本は、エリックが図書館で見つけた本。そんな本にはハズレも多いけれど、たまにはアタリもあって、この本は大アタリ!の類。

同じ家に住むネコとリスとアヒルは、家のまわりに植えてあるかぼちゃで仲良くパンプキン・スープを作っている。かぼちゃを切るのはネコの役目、おなべで煮るのがリスの役目、塩をひとつまみ入れるのがアヒルの役目、と役割分担がきちんと決まっている。でも、ある日、アヒルが「Today it’s my turn to stir the soup」と宣言したことから、けんかが始まって、怒ったアヒルは家を出ていく。すぐに帰ってくるだろうと思いきや、なかなか帰宅しないアヒルを心配しながら作ったパンプキン・スープは塩っ辛い味。その後、リスとネコがアヒルを探しに行くけれど探せず、落胆して帰ってきたふたりは帰ってきていたアヒルを見つけ、大喜び。おなかのすいた3人は、アヒルに混ぜる役目を託して、キッチンを汚しながらスープをつくる。やっぱり3人のつくったスープが最高!というわけでハッピーエンドかと思うと、また最後にひと悶着あって・・・、という終わり方。

何しろ秋色のシックな絵がとってもすてき。3人のおうちもとってもかわいいし、みんなでつくるスープも実においしそう。お話も非常にストレートで、結局のところ、ひとつの作業を協力してすることの大切さ、お互いの長所を認め合いながら、時にはCompromiseしあって協力してひとつのものを作ることのすばらしさが実によく描かれてある。登場人物が動物というところ、つくるものがスープであること、などは(動物好きで、食べることが好きな)エリックにはピッタリで、よく読んでほしいとせがまれる本のひとつ。
かぼちゃを切っていると「マミイ、今日はPumpkin soupつくってね」と言うので、最近、そういえば、かぼちゃの煮物やかぼちゃのグラタン、蒸し焼きなど作ってないなあ・・・。

Sunday, September 12, 2010

最近の様子(3歳3ヶ月)

・話す会話に英語が混入しはじめる(日本語85%、英語15%)
・私には日本語、夫には英語で話すという区別がつきはじめた
・心を許した人には(間違えて)日本語で話したりする
・フルタイムのデイケアにまだまだ慣れず・・・(「エリちゃん、お家にいたい」)
・未だ私は「マミイ」、夫は「ピーター」と呼ばれる
・1日のうち95%は機嫌よくしている
・自分で絵本を見ながら、お話を簡略化してぶつぶつ話している(日本語・英語)
・ほとんど毎日、動物の夢を見ている(らしい)
・線のなかをクレヨンで「塗る」ということを発見
・でもやっぱり紙が破れるまでぐるぐる丸を描く
・「これ、ねこ」といいながら点や短い線を描く
・「エリちゃん、バイオリンしたいなあ」と何故かよく言う(バイオリンなんて教えてない)
・「エリちゃん、日本語と英語できるね」と自慢する
・引き続き、シャイなエリック…
・よくいろんな歌を歌っている
・1日中しゃべり続けている(家にいるときは)
・チョコレートをはじめて食べた(Lindtの丸いやつを丸ひとつ!)

Sunday, September 5, 2010

それってやっぱり日本人・・・

夫の両親宅に行くと、玄関にあがる前に必ず靴を脱ごうとするエリック。
デダ(おじいちゃん)に「You can keep your shoes on」と言われている。
さらに、来てすぐに洗面所に行って手を洗おうとする(せっけんで)。
カーペットで遊んでいても、ごみを見つけるとそれをつまんで「ごみばこはどこ?」と要求する。
教えたわけじゃないのに、なぜかやっぱり日本人的・・・。

最近、話をするのが楽しくて仕方ない!

といった感じなのだ。
もちろん、私じゃなくてEのこと。
ああだこうだと、1日中しゃべっている。
無意味なことや、理解できないこともよく言う。
でも、とにかくしゃべる。
なんだか、「ほらほら、こんなにしゃべれるんだよ」と言わんばかり。
人間って社会的動物だから、やっぱりしゃべれるとうれしいんだろうか。
一時的なことなのだろうか、それとも? 
私が小学生のころ、1日中何だかんだと始終しゃべっているうるさい男の子がいて、かなりうっとおしいと思っていたけれど、Eもあんな子になるんだろうか??なんてちょっぴり考えたりしたわよ・・・。

Friday, September 3, 2010

イントネーション

TTC(トロント地下鉄)で耳慣れない外国語を聞いたとき、私の耳に最も強烈に印象を残すのは、その言語独特のリズム、イントネーションである。よく「フランス語は愛をささやく言語」「イタリア語は情熱的に語る言語」とか言われるけれど、そういわれる所以は、言語独特のリズムやイントネーションにある。流れるようなリズムなのか、短く劇的なリズムなのか、言語によってかなり特徴がある。
この特徴を理解し、真似できることは、ある言語を学ぶ上で非常に大切になってくる。

そんなことを、最近のエリックを見ていると思い出した。
というのも、最近、Eといったら

「そうだとエリちゃんは思うんだけどねえ、ちょっと違うかなあ。でも、あっちの方が本当はいいんだよね、だって犬がいるじゃない・・・」

と全く意味の通らないことを大げさな日本語独特のイントネーションでしゃべっているときがあるのだ。

これは明らかに私の真似をしているのだと思うけれど、こうしたイントネーションを傍で聞いてみると、日本語独特のエッセンスというか、そんなものが込められているように思う。Eにとって、語彙や文法を理解するのは、まだまだ先のことになるけれど、私の日本語を聞きながら、こうして日本語に備わった特徴を自ら練習しているこの段階は、きっと言語学習の基礎になることだろう。

Thursday, September 2, 2010

New Phase for Eric and Me

9月、エリックは3歳2ヶ月にしてフルタイムでデイケアに行くことになった。言い換えれば、生まれて初めて100%母親の私のケアから離れて、Institutionalizedされた場所へと出ていくことになったわけで、3年間という期間を一緒に過ごしてきた私にとって、感慨は深い。

考えてみれば、生まれたときには「1歳で学校に戻る」(私、一応、Maternity Leaveという形で休学してますから)という決断を確固として持っていたにもかかわらず、実際にEが1歳になったときには、まだ歩くこともままならないEを前に「こんな小さなベイビーを他人に任せられますか」と疑問が生じた。さらに、カナダで育つエリックに日本語を教えることを自らのミッションとして自覚したこともあった。もうひとつ言えば、高齢になるまで「子どもなんていらない!」できた私としては、Eが最初で最後の子ども、という意識、つまり、私の一生のうち子育ての時間はほんの短い期間だという認識もあった。

そんなこんなで、これまでエリックをデイケアに入れることができなかった。トロントの悪名高いデイケアのLong waiting listにもかかわらず、2歳のときに「スペースがありますけど、どうしますか?」と言われたとき、「We are not ready yet」と断ったという経緯もある。

3歳になったころのエリックを見ていると、他の子どもたちに興味を示し始めたし、新しいことを学びたがっている様子を見せていた。そろそろ外の世界に出るころかも、と思った。エリックは他の子どもたちに比べると、その時期が遅かったように思う。でも、彼には、3歳3ヶ月という時期が妥当だったと思うし、その決断に、私、とっても自信をもっている。

それだからこそ、今は何の後悔もなく、泣く泣く「エリちゃん、がっこうに行かない~」というエリックの背中を押して、「Big boyになったんだから、がっこうに行くのよ。いっぱいお友達と遊んで、いろんなことを経験してきなさい!」と後ろ髪1本も引かれることなくバイバイをして、自分の生活にパッと戻ることができる。

そう、この9月、エリックが「がっこう」に行き、私もカレッジに戻ることになった。夫は相変わらずの大学院生で変わりないけれど、夫と私のなかではこの9月はエリックを含めた家族にとって非常に記念すべきNew Phase in Our Lifeといった感慨を深くしている。

Tuesday, August 31, 2010

いい間違い続く...

E: マミイ、きょうはワンワン、洗う?
私: 洗ってもいい?
E: いくないの。いくないのだよ。(よくない、のいい間違い)

私: わかった?
E: わかったない。(わからない、のいい間違い)

E: Whyなの?(なんでなの?と混合)

E: あ、このCarムブイタ(動いた、のいい間違い。Moveと動く、の混合)

E: マミイ、だいぶじょう?(だいじょうぶ、のいい間違い)