最近、英語の文章っぽいものを使い始めた。私とではなく、夫と話しているときに英語が出てくることがほとんどで(エリックが日本語で話しても、夫はいつも英語で話しかけている)私には継続的に日本語で話している。Eの限られた英語はというと・・・
Why? (英語でも始まった!)
Holy cow! (驚いたとき、最近、よくこれを使う)
I don’t know.(このあとは、大抵「なんで?」が続く)
Let’s go, everyone! (3人で散歩に行こうとしているとき)
Go away! (夫を押しながら)
This one, please. (食卓で、何かを取ってほしいとき指さしながら)
There, underneath.(本棚の下にあるおもちゃをとってほしいとき)
Like this… (といって、何か踊ったり、動いたりする真似をする)
I’m fine. (Are you OK?と聞かれると)
おもしろいのは、こう言ったあとでときどき「エリちゃん、英語しゃべったね」と言うこと。日本語と英語の区別ができているらしい。
My Bilingual Child-- バイリンガルはどう作られるのか。カナダのトロントで英語話者の夫、日本語話者の私とともに育つエリックを観察しながら、バイリンガル育児の実情、さらには日本の英語教育についても考えてみよう・・・。
Friday, July 30, 2010
I am…
ELCで過ごした日の帰り道、ふと気になって、
「がっこうでpee pee(おしっこ)が来そうになったらどうするの?」
と聞くと、
「コニーに言う」
という。
家ではいつも「Pee pee coming!」といっているE。
「がっこうでは、何て言うの?」
「I am pee pee coming!」
“I am”の構文を使って文章を作ったのはこれが初めて。文法的には間違っているけれど。
「がっこうでpee pee(おしっこ)が来そうになったらどうするの?」
と聞くと、
「コニーに言う」
という。
家ではいつも「Pee pee coming!」といっているE。
「がっこうでは、何て言うの?」
「I am pee pee coming!」
“I am”の構文を使って文章を作ったのはこれが初めて。文法的には間違っているけれど。
Monday, July 26, 2010
日本語が使えない環境で

ELCはもちろん英語環境。先日、スタッフのタラにエリックがスタッフの言うことを理解しているようかどうか、と質問してみた。タラの答えは、
「私が言うことはほとんど理解していると思う。指示には従っているし・・・」
というもの。では、会話はしているのだろうか。
「エリックの性格的なものだと思うけれど、ほとんどしゃべらないわね。質問に答えてOKとかNoは言うけれどね」
やっぱり・・・。私はふと、ELCに迎えに行った日、帰り道が特にそうだけど、ずーっと話し続けている状況は、ひょっとしてELCでずっと話をしないでいるからではないか、と思ったりした。
やっぱり・・・。私はふと、ELCに迎えに行った日、帰り道が特にそうだけど、ずーっと話し続けている状況は、ひょっとしてELCでずっと話をしないでいるからではないか、と思ったりした。
Eは私や夫といるとよくしゃべる。もちろん、日本語だし、彼の言葉の95%は日本語。ELCでは日本語が使えないことを、彼はちゃんとわかっているはず。
ほとんどを中国語で育てられてきたサニーは、英語を理解しないけれど、スタッフのメンバーのなかに中国語を話す人がいるので、その人のそばを離れず、彼女ときちんと意志の疎通をしている(でも、未だに時々、泣いていてかわいそう・・・)。Eの場合、誰も彼の(今のところの)第一言語になっている日本語を理解する人がいないため、ちょっと寂しい思いをしているんじゃないだろうか。夫は「でも、Eは英語を理解しているからだいじょうぶ」と言っているけれど、やはりしゃべれないのはおしゃべりさんには辛い。
私も初期育児中は、夫が帰ってくると「堰を切ったようにしゃべりだして、いろんなことを続けざまにしゃべり続けていた」(夫いわく)らしい。私の状況と今のEの状況、ちょっと似てやしないだろうか??
「そういうもんなの」
「なんで?」「どうして?」と聞くEに、時として忍耐力の続かない私・・・。
「なんでって、それはそういうもんだから、そういうもんなの!」
と説明にもなっていない答えを投げることもある。
最初のうちは、
「”もん”って何のこと?」
とか「”そういうもん”ってなにの'もん'?」
と聞かれれば、またまた私は日本語の特徴である曖昧性をフル活用させて、Eを煙に巻いていた(本当は悪いって分かってても、忍耐力のない私・・・)。
そのためか、最近は、「なんでそういうもんなの?」と先回りした質問の仕方をするようになったE。敵もなかなかやりおる…。
「なんでって、それはそういうもんだから、そういうもんなの!」
と説明にもなっていない答えを投げることもある。
最初のうちは、
「”もん”って何のこと?」
とか「”そういうもん”ってなにの'もん'?」
と聞かれれば、またまた私は日本語の特徴である曖昧性をフル活用させて、Eを煙に巻いていた(本当は悪いって分かってても、忍耐力のない私・・・)。
そのためか、最近は、「なんでそういうもんなの?」と先回りした質問の仕方をするようになったE。敵もなかなかやりおる…。
Saturday, July 24, 2010
bits連載コラム第8回 絵本の読み聞かせに関するあれこれ
日本でばあばに買ってもらったカード・セットは、2枚の絵をあわせてひとつの乗り物の絵(たとえば「ふね」)をつくるもの。裏にはそれぞれ日本語(ふね)、英語(Ferry)の表記がある。
ふと思って、日本語と英語のカードを並べ、
「どっちがマミイのことば(日本語)で、どっちがダディのことば(英語)?」
と聞いてみた。すると、それぞれ当ててきた。でも、50%の確率で正解なのだから、まぐれだわね…。そう思ってもう一度、今度は別のカードを探して同じようにやってみた。また当たった。いやいや、と実証的な私は何度か同じことを試してみたが、結果は同じだった。
3歳になる1ヵ月前のことで、それまでも、というより、今のところ、私も夫も文字はまったく教えていない。音に関しては英語と日本語を区別できていたが、文字を見て別々の言語と分かるようになっているとは。本の読み聞かせの効果以外にはその理由が思い当たらない。
というわけで、英語圏での日本語の読み聞かせに関する話を今回は書いてみたい。何しろ、手に入る日本語の絵本は限られている。それに、英語の本にもよい本はたくさんあるのだから、読んで聞かせない手はない。乳児用の本なら、即興で日本語に訳しながら読んであげられた。しかし、本の難易度があがるにつれ、毎回の同時翻訳が少しずつ違ってきたりして、このやり方にいささか疑問を持つようになった。リズムが大切なのに、時に気にいらない訳になる点も問題で、それなら英語の絵本に自作の日本語訳を書き込めばいいのだけれど、私は今までそれをさぼってきている。私の友人は英語の本に、日本で探した訳書の訳を手書きで入れていて、その努力に頭が下がった。
一方で、私には未だ解けない疑問がある。それは、英語ネイティブではない私が英語の絵本を読み聞かせていいものか、というもの。英語圏で書かれたバイリンガル関連の本は、おしなべてこの私の疑問を肯定している。もちろん、ネイティブの発音に越したことはないけれど、アクセントのある言葉が害を与えるわけではない。それが私の読んだ本の答えだった。
私たちの場合は、夫が英語、私が日本語のネイティブという状況なので、半分を担う私の英語にアクセントがあっても、エリックのなかで自然矯正されると思うのだが、それにしても、では、仮に私の妹夫婦のように英語苦手という日本人カップルなら、英語の本の読み聞かせは子どもにどのような影響があるのだろうか…、と興味は尽きない。
もちろん、本の読み聞かせの効果は、発音や語彙の獲得に留まらず、本を読むことへの愛着、親子の触れ合い、想像力の育成…と多岐にわたっているので、発音という面だけに絞って考えなくてもよいのだけれど、好奇心の強い私としては、昨今、ふと気付いたら上の疑問をあれこれと考えている。
ちなみに、あるときから、「本を読んであげる」と言うと私には日本語の本を、夫には英語の本を持ってくるようになったエリック。なので、ここしばらく、私の担当は日本語だけ。毎日同じ本を読むとあきるのも私だけのようで、3歳児には10冊ほどあれば十分事足りるってことにも気付き、ほっと安心している。
ふと思って、日本語と英語のカードを並べ、
「どっちがマミイのことば(日本語)で、どっちがダディのことば(英語)?」
と聞いてみた。すると、それぞれ当ててきた。でも、50%の確率で正解なのだから、まぐれだわね…。そう思ってもう一度、今度は別のカードを探して同じようにやってみた。また当たった。いやいや、と実証的な私は何度か同じことを試してみたが、結果は同じだった。
3歳になる1ヵ月前のことで、それまでも、というより、今のところ、私も夫も文字はまったく教えていない。音に関しては英語と日本語を区別できていたが、文字を見て別々の言語と分かるようになっているとは。本の読み聞かせの効果以外にはその理由が思い当たらない。
というわけで、英語圏での日本語の読み聞かせに関する話を今回は書いてみたい。何しろ、手に入る日本語の絵本は限られている。それに、英語の本にもよい本はたくさんあるのだから、読んで聞かせない手はない。乳児用の本なら、即興で日本語に訳しながら読んであげられた。しかし、本の難易度があがるにつれ、毎回の同時翻訳が少しずつ違ってきたりして、このやり方にいささか疑問を持つようになった。リズムが大切なのに、時に気にいらない訳になる点も問題で、それなら英語の絵本に自作の日本語訳を書き込めばいいのだけれど、私は今までそれをさぼってきている。私の友人は英語の本に、日本で探した訳書の訳を手書きで入れていて、その努力に頭が下がった。
一方で、私には未だ解けない疑問がある。それは、英語ネイティブではない私が英語の絵本を読み聞かせていいものか、というもの。英語圏で書かれたバイリンガル関連の本は、おしなべてこの私の疑問を肯定している。もちろん、ネイティブの発音に越したことはないけれど、アクセントのある言葉が害を与えるわけではない。それが私の読んだ本の答えだった。
私たちの場合は、夫が英語、私が日本語のネイティブという状況なので、半分を担う私の英語にアクセントがあっても、エリックのなかで自然矯正されると思うのだが、それにしても、では、仮に私の妹夫婦のように英語苦手という日本人カップルなら、英語の本の読み聞かせは子どもにどのような影響があるのだろうか…、と興味は尽きない。
もちろん、本の読み聞かせの効果は、発音や語彙の獲得に留まらず、本を読むことへの愛着、親子の触れ合い、想像力の育成…と多岐にわたっているので、発音という面だけに絞って考えなくてもよいのだけれど、好奇心の強い私としては、昨今、ふと気付いたら上の疑問をあれこれと考えている。
ちなみに、あるときから、「本を読んであげる」と言うと私には日本語の本を、夫には英語の本を持ってくるようになったエリック。なので、ここしばらく、私の担当は日本語だけ。毎日同じ本を読むとあきるのも私だけのようで、3歳児には10冊ほどあれば十分事足りるってことにも気付き、ほっと安心している。
Friday, July 23, 2010
混乱
虫がいっぱい出てくる絵本を見ていたEが突然顔をあげて、
「マミイ、これは”おもちむし”っていう名前の虫なのね」
と言う。おもちむし?
よく見たら、”だんご虫”だった・・・。
おもちとだんご、混乱したのね・・・。
「マミイ、これは”おもちむし”っていう名前の虫なのね」
と言う。おもちむし?
よく見たら、”だんご虫”だった・・・。
おもちとだんご、混乱したのね・・・。
Thursday, July 22, 2010
木の名前
エリックは最近、木の名前を私に聞く。
「木」というのがGeneticな名前で、木にはいろんな「種類」があることに気付き、それに魅了されている感じ。
「この木はどういう種類?」
と聞く。
私もあまり知らないので嘘を言ったりすることもあったりするが、クイーンスパークの木には名前を示すプラークがかかっているので、私も勉強中。
メープル、オーク(樫)、リンデン、ポプラ、マツ、ホースチェストナッツ、もみじ
葉っぱや木を見て、今のところ、これだけ言えるようになっている。
「木」というのがGeneticな名前で、木にはいろんな「種類」があることに気付き、それに魅了されている感じ。
「この木はどういう種類?」
と聞く。
私もあまり知らないので嘘を言ったりすることもあったりするが、クイーンスパークの木には名前を示すプラークがかかっているので、私も勉強中。
メープル、オーク(樫)、リンデン、ポプラ、マツ、ホースチェストナッツ、もみじ
葉っぱや木を見て、今のところ、これだけ言えるようになっている。
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