Sunday, October 10, 2010

“ぼく”と言い始める

どこで覚えたのだろう、自分のことを「ぼく」と言い出した。
今までは「エリちゃん」「エリック」だけだったのが、「ぼく」が加わった。
私自身は「ぼく」という言葉を教えたことはないのでとっても不思議。
日本に行ったときに聞いたのを覚えていたのだろうか??

英語が増える

多少の間違いはあるにしろ、最近のエリックの英語はかなり上達している。
ここ数日は、よくYou can/can’t … because…といった構文をよく使っている。(今日は、I can’t see it because it is too bigと言った)
それに、私に向かうときは日本語になって、スウィッチがとても自然になされている。
日本語と英語をごっちゃに使うこともよくある。
We can’t go for shopping because it is…もう暗くなったでしょ
と今日は言っていた。

Monday, October 4, 2010

「日本語と英語ができるね」

日本語のクラスに通い始めた夫に、エリックは「ダディは日本語ができないの? エリちゃん、日本語できるよ」と得意げに言う。

「ばあばとじいじは英語ができないね。エリちゃんはできるよ」
「マミイはちょっとだけ英語ができるね」
とも言う。


昨日なんか、夫に向かって「日本語、エリちゃんが教えてあげようね」と言って数えはじめた。
「いち、に、さん、し、ろく、ひち、はち、きゅう、じゅう、じゅうに・・・」
また5と11が飛んでるじゃない・・・。

Waltzing Matildaがお気に入り

最近のEのお気に入り歌といえばWaltzing Matilda。
家にいるときは、自分で歌いながら踊っている。
もちろん、「歌う」といっても繰り返しのところだけ歌って、あとは「ルルル、フフフ」みたいな感じだけれど・・・。
とはいえ、進歩もかいま見えて、数日前に取れなかった音程が取れるようになったりもしている。

公共の場でWaltzing Matildaを歌ってると、それを聞いた誰かが”Wow! I love that song”とか”That’s a nice song”とかコメントするので、こっちは苦笑してしまう。

最も恥ずかしいのは、エレベーターのなかで歌を歌われるとき。徐々に上手になってきたとはいえ、まだまだ音程がとれないEの歌を狭い空間のなかで聞かされる人たちには申し訳なく思ってしまう。ごめんねぇ・・・。

Monday, September 27, 2010

Eの言い間違いがわかるかどうか

晩ごはんのとき、ブロッコリが大好きなEはやる気マンマンで(私たちの分まで)ブロッコリを食べていた。そして、ふと、こう聞いた。
- Who likes not broccoli?
それを聞いた夫はすかさず、
- Who doesn’t like broccoli?
と聞き返した。

そのとき、私は、ほほう、と思ったね。
私にはエリックの言ったことが何のことやらさっぱり分からなかったけれど、やはり英語話者にはこの言い間違いを瞬時にして正しい言い方にかえることができるのだ。

一方では、Eの日本語の言い間違いは私には意味は汲めても、夫には何が何だかわからない、ということもよくある。最近、エリックはめっきり英語をよく使うようになってきたので、夫の役割も徐々に増えてきている。バイリンガルで育てるのに、2人それぞれの得意分野があるのは、ほんとに便利だと感じる今日このごろ・・・。

Waltzing Matildaがお気に入り

最近のEのお気に入り歌といえばWaltzing Matilda。家にいるときは、自分で歌いながら踊っている。もちろん、「歌う」といっても繰り返しのところだけ歌って、あとは「ルルル、フフフ」みたいな感じだけれど・・・。
公共の場でWaltzing Matildaを歌ってると、それを聞いた誰かが”Wow! I love that song”とか”That’s a nice song”とかコメントするので、こっちは苦笑してしまう。

Saturday, September 25, 2010

The Terrible PLOP by Ursula Dubosarsky

Six little rabbits Down by the lake Munching on carrots and Chocolate cake…ではじまるこの本は、ストーリーがどうのこうの、というより、繰り返しが出てきてリズムがいいので、(私が)何度読んでもあきない本。
お話の本、というよりは、どちらかというとNursery rhymeとして読める。この英語のリズム感、やっぱり小さいうちから身につけてあげたい。

・・・「お話の本、というよりは、どちらかというと・・・」と書いてやっぱり迷った。
このストーリー、実はユング心理学でかみくだいてみると深い意味があるかもしれない。ストーリーをかいつまんで書いてみよう。

うさぎたちが湖のほとりで聞いた「ボトン」という大きな音に恐れをなして、そこから逃げていくのだけれど、その途中に森の動物たちに会って話すと、みんな大勢で逃げはじめる。最後に、大きなクマが「それなら見てみよう」というので、一番小さなうさぎと一緒に湖のほとりに行くことに。クマが上を見ている間に大きな「ボトン」の音がして、恐れをなしたクマはやっぱり逃げるのだけれど、一方で「ボトン」の正体を自分の目でしっかりと見たうさぎはそこに留まって、安心して食事を愉しむ。
この単純な話の裏には、「見えないものはこわい」でも「一度、それに向き合うことができれば恐怖は終わり、問題解決への道が開ける」、さらには「他人から言われたことを鵜呑みにすると、こうなる」という教訓が含まれていて、なかなか奥が深い。

夫の友人が悪夢の繰り返しに悩まされていたときのこと。その夢のなかではいつも背後に何か恐ろしいものがあって、それから逃げ回っていたのだけれど、ある日、意を決してその「恐ろしいもの」が何なのか見てみることにして眠りに落ちた。夢のなかでそれに初めて向かい合ったとき、彼はそれが何のか理解して、解決することができた、という話を聞いたことがある。

子どもの話や昔話って本当に奥が深い。ユング心理学に照らしてみると、人生の教訓が含まれていることが多い。エリックにはまだ早いからお話はしないけれど、私はこの本を読みながらいろいろと私の人生に対する態度についても省察したりして、なんだかいろいろ考えさせられている。