「エリちゃん、おんだご 好きだね」(「おだんご」の間違い)
「おののみやき」
My Bilingual Child-- バイリンガルはどう作られるのか。カナダのトロントで英語話者の夫、日本語話者の私とともに育つエリックを観察しながら、バイリンガル育児の実情、さらには日本の英語教育についても考えてみよう・・・。
Monday, January 31, 2011
Thursday, January 27, 2011
耳そうじ・・・
昨夜、長い英語の文章を言われたので、「ちょっと待って。よくわからなかったから、もういちど言って。日本語でマミーにわかるように言ってみて」と言うと、
“Mommy, you have to clean your ears if you can’t understand what I say…”
(言ったことがわからないんだったら、耳そうじをしないとね)
と言われた。冗談で言ってたのか、本気で言ってたのか。顔は真面目だった・・・。
そういう問題じゃないんだけど・・・。
“Mommy, you have to clean your ears if you can’t understand what I say…”
(言ったことがわからないんだったら、耳そうじをしないとね)
と言われた。冗談で言ってたのか、本気で言ってたのか。顔は真面目だった・・・。
そういう問題じゃないんだけど・・・。
Monday, January 24, 2011
「継承日本語」講演会・・・
1月23日、JCCC(Japanese Canadian Cultural Centre)で行われた鈴木美知子先生による「家庭に於ける継承日本語育て-継承語を正しく理解し、子どもをどうサポートしたら効果的かをさぐる」に参加。
まず、「継承語」とは、「親がご先祖様から受け継いだ大事な文化遺産(母語)であり、心で伝えることばである」「育てなければ育たないことばであり、放置すれば3代で現地語に同化し、消える運命の言葉である」(講演会配布資料より)。
「継承語教育」とは、「国語教育と外国語教育のはざまにあり、移住や海外赴任にともなって必要となることばの教育であり、親のことばと学校や社会一般で使われることば(現地語)が異なる環境で言語形成期を送らねばならない子供達に必要な教育である(『継承語としての日本語教育-カナダの経験を踏まえて』中島和子)」(配布資料より)。
日本で継承語という呼び方を聞く機会がないのと考え合わせるとおもしろいのだが、ここカナダでは日本語は私たち日本人のように「ディアスポラ」なわけね。英語ではHeritage Languageという呼び方をされる「継承語」、私のイメージとしては、ことばを通して、ことばプラスその文化、その文化を支える「価値」をも伝えようとする目的がある。なので、日本でなされる「英語教育」とそのあたりが根本的に大きく違っている。
私のこれまでのバイリンガル育児経験をかんがみると「継承語教育」をしているという意識はほとんどない。私がしているのはあくまでも「日本語教育」で、「ご先祖様から受け継いだ大事な文化遺産」を教えているという意識は毛頭ない。
ただ、そこに意識はなくても、ことばが自ら備えている「思考回路」のようなものを通して、そこから私という媒体を通してあらわれる文化的側面を完全に拭い去ることは不可能だと思う。したがって、エリックは知らないうちに日本の文化を学び、日本文化の「担い手」になっているのだ。おお!(これは、たとえば、私は日本で英語を教えていたとき、教える私が英語話者の価値やら文化を具現化していたわけではないので、生徒にそのあたりの価値は伝わらなかったのと同じことだろう)。
・・・と、そんなことを考えていると、日本人の私とカナダ人の夫から2つの言語(文化)を「継承」されつつあるエリックは、ひょっとしてとってもラッキーなのだわね、と思ったりした。
しかし、こういう状況にある子どもたちのうち、鈴木先生が「絶対に避けてください」と強調していたのは「低迷型バイリンガル」で、どちらの言語も年齢相応のレベルに達していない子どもたち。バイリンガル育児をしている親が望んでいるのは、一方で「加算型バイリンガル」といわれ、両方のことばが年齢相応のレベルに達しているもの。私のバイリンガル育児ももちろんこれが目標。
ひとつ非常に??と思ったのが、「おてて、おうちなどの“お”つき言葉のような女性言葉はやめてください」という鈴木先生のことば。「最近では男性の保育士さんでも“おそと”などという女性言葉を使っていますが、とくに男の子を育てる場合はやめてください」。
“お”つき言葉が「女性言葉」? ほんとうに?
数年前、日本に帰国した際に、東京に住む妹が自分の子ども(7歳の男の子)に向かって「ご本」「お二階」「お椅子」「お電話」と言っていたのにびっくり仰天した記憶がある。今の日本では、幼稚園などでそういう言葉づかいをしているらしい。私はそんな言葉は使っていなかったし、だいたい10年も海外にいて敬語も使うことなくやってきたので、日本ではこうやって子どもには丁寧なことばで教えているのかと驚いた。それに、英語でdogがdoggie、duckがduckyになるように、最近の日本では、「お」をつけると「丁寧語」か「こども用のことば」になるのかもしれないと勝手に理解していた。
私も「おそと」をはじめ、「おかし」や「おせんべい」「お酢」「おこめ」「お粉」(食べ物関係が多いね・・・)「おふろ」をエリックに対して使っている。ただ、これが女性言葉で男性が使えないとは思わないし、あまり過剰なケースをのぞけばそんなに気にしてはいない。
また、ひょっとすると鈴木先生のこの理解は、今の日本の現状にはあっていないのかもしれないのかも・・・。言語・ことばは時代を経てどんどん変容していくものだし、私たちのように海外で日本語を教える場合、これが非常に興味深い例として出てくることもある。
たとえば、私の知人で40年ほど前に日本から移住してきた人がいる。その人とだんなさん(日本語がかなり話せるカナダ人)が「おべんじょ」と言っているのを聞いて、私、腰が抜けるかと思ったことがある。今じゃ使わないこの言葉も、40年ほど前の日本では日常的に使っていたんでしょうね(かくいう私も以前bits Magazineの記事に「近藤マッチ」なんて書いて編集者に笑われたこともあるものね)。海外に長く住んでいると、このあたりもちょっと気をつけて見ていなくては、と実感した。
内容的には、去年とほとんど変わらずで残念だったし、「継承語教育」の全体的な話よりも、実際にこくご教室で教えられている鈴木先生の経験などの方が面白いと感じるので、そのあたりもちょっぴり残念だった。
もうひとつ興味深い発見が。去年の講演会では子どもOKだったから今年も私、エリックをいっしょに連れて行ったのだが、子どもはおらず・・・。Eは私の隣に座って静かにお絵かきをしていたのだけれど、私とひそひそ話をたまにしていた。いつもは英語が大半なのに、そのときだけは90%のエリックの会話が日本語だということに気付き驚いた。ときどき鈴木先生のお話のことばをピックアップして「さっき、にほんごがっこう、って言った?」とか「かみのうえにおちた、って言ったね」とか、やはり日本語がマジョリティで話されている環境にいると、自然とスイッチしていたのかもしれない。ふーむ、やっぱり日本語環境をつくってあげることが大切なわけだわ・・・。
まず、「継承語」とは、「親がご先祖様から受け継いだ大事な文化遺産(母語)であり、心で伝えることばである」「育てなければ育たないことばであり、放置すれば3代で現地語に同化し、消える運命の言葉である」(講演会配布資料より)。
「継承語教育」とは、「国語教育と外国語教育のはざまにあり、移住や海外赴任にともなって必要となることばの教育であり、親のことばと学校や社会一般で使われることば(現地語)が異なる環境で言語形成期を送らねばならない子供達に必要な教育である(『継承語としての日本語教育-カナダの経験を踏まえて』中島和子)」(配布資料より)。
日本で継承語という呼び方を聞く機会がないのと考え合わせるとおもしろいのだが、ここカナダでは日本語は私たち日本人のように「ディアスポラ」なわけね。英語ではHeritage Languageという呼び方をされる「継承語」、私のイメージとしては、ことばを通して、ことばプラスその文化、その文化を支える「価値」をも伝えようとする目的がある。なので、日本でなされる「英語教育」とそのあたりが根本的に大きく違っている。
私のこれまでのバイリンガル育児経験をかんがみると「継承語教育」をしているという意識はほとんどない。私がしているのはあくまでも「日本語教育」で、「ご先祖様から受け継いだ大事な文化遺産」を教えているという意識は毛頭ない。
ただ、そこに意識はなくても、ことばが自ら備えている「思考回路」のようなものを通して、そこから私という媒体を通してあらわれる文化的側面を完全に拭い去ることは不可能だと思う。したがって、エリックは知らないうちに日本の文化を学び、日本文化の「担い手」になっているのだ。おお!(これは、たとえば、私は日本で英語を教えていたとき、教える私が英語話者の価値やら文化を具現化していたわけではないので、生徒にそのあたりの価値は伝わらなかったのと同じことだろう)。
・・・と、そんなことを考えていると、日本人の私とカナダ人の夫から2つの言語(文化)を「継承」されつつあるエリックは、ひょっとしてとってもラッキーなのだわね、と思ったりした。
しかし、こういう状況にある子どもたちのうち、鈴木先生が「絶対に避けてください」と強調していたのは「低迷型バイリンガル」で、どちらの言語も年齢相応のレベルに達していない子どもたち。バイリンガル育児をしている親が望んでいるのは、一方で「加算型バイリンガル」といわれ、両方のことばが年齢相応のレベルに達しているもの。私のバイリンガル育児ももちろんこれが目標。
ひとつ非常に??と思ったのが、「おてて、おうちなどの“お”つき言葉のような女性言葉はやめてください」という鈴木先生のことば。「最近では男性の保育士さんでも“おそと”などという女性言葉を使っていますが、とくに男の子を育てる場合はやめてください」。
“お”つき言葉が「女性言葉」? ほんとうに?
数年前、日本に帰国した際に、東京に住む妹が自分の子ども(7歳の男の子)に向かって「ご本」「お二階」「お椅子」「お電話」と言っていたのにびっくり仰天した記憶がある。今の日本では、幼稚園などでそういう言葉づかいをしているらしい。私はそんな言葉は使っていなかったし、だいたい10年も海外にいて敬語も使うことなくやってきたので、日本ではこうやって子どもには丁寧なことばで教えているのかと驚いた。それに、英語でdogがdoggie、duckがduckyになるように、最近の日本では、「お」をつけると「丁寧語」か「こども用のことば」になるのかもしれないと勝手に理解していた。
私も「おそと」をはじめ、「おかし」や「おせんべい」「お酢」「おこめ」「お粉」(食べ物関係が多いね・・・)「おふろ」をエリックに対して使っている。ただ、これが女性言葉で男性が使えないとは思わないし、あまり過剰なケースをのぞけばそんなに気にしてはいない。
また、ひょっとすると鈴木先生のこの理解は、今の日本の現状にはあっていないのかもしれないのかも・・・。言語・ことばは時代を経てどんどん変容していくものだし、私たちのように海外で日本語を教える場合、これが非常に興味深い例として出てくることもある。
たとえば、私の知人で40年ほど前に日本から移住してきた人がいる。その人とだんなさん(日本語がかなり話せるカナダ人)が「おべんじょ」と言っているのを聞いて、私、腰が抜けるかと思ったことがある。今じゃ使わないこの言葉も、40年ほど前の日本では日常的に使っていたんでしょうね(かくいう私も以前bits Magazineの記事に「近藤マッチ」なんて書いて編集者に笑われたこともあるものね)。海外に長く住んでいると、このあたりもちょっと気をつけて見ていなくては、と実感した。
内容的には、去年とほとんど変わらずで残念だったし、「継承語教育」の全体的な話よりも、実際にこくご教室で教えられている鈴木先生の経験などの方が面白いと感じるので、そのあたりもちょっぴり残念だった。
もうひとつ興味深い発見が。去年の講演会では子どもOKだったから今年も私、エリックをいっしょに連れて行ったのだが、子どもはおらず・・・。Eは私の隣に座って静かにお絵かきをしていたのだけれど、私とひそひそ話をたまにしていた。いつもは英語が大半なのに、そのときだけは90%のエリックの会話が日本語だということに気付き驚いた。ときどき鈴木先生のお話のことばをピックアップして「さっき、にほんごがっこう、って言った?」とか「かみのうえにおちた、って言ったね」とか、やはり日本語がマジョリティで話されている環境にいると、自然とスイッチしていたのかもしれない。ふーむ、やっぱり日本語環境をつくってあげることが大切なわけだわ・・・。
Sunday, January 23, 2011
こんな夢を見た
I had a very nice dream…と言って今朝こう話してくれた。
(そのまま記録)
おっきい木の上にね、エリちゃんのおうちがあって・・・、
There was a big Christmas tree in the house.
Then りすちゃん came to visit me.
りすちゃんが来て、いっしょにクリスマス・ツリーを見て・・・
We had Christmas dinner together いっしょに・・・
(私:何食べたの?)
うーんっと・・・チキンとRice
あ、それからWe drink (sic) wine, Eric and りすちゃん。
We had a lot of fun. たのしかったよ。
After that, we watched the nice Christmas tree together ピカピカしてたの。
それからりすちゃんsaid bye-bye, and 帰って行ったの・・・。
This is a nice dream.
マミー、この夢、好き?
(そのまま記録)
おっきい木の上にね、エリちゃんのおうちがあって・・・、
There was a big Christmas tree in the house.
Then りすちゃん came to visit me.
りすちゃんが来て、いっしょにクリスマス・ツリーを見て・・・
We had Christmas dinner together いっしょに・・・
(私:何食べたの?)
うーんっと・・・チキンとRice
あ、それからWe drink (sic) wine, Eric and りすちゃん。
We had a lot of fun. たのしかったよ。
After that, we watched the nice Christmas tree together ピカピカしてたの。
それからりすちゃんsaid bye-bye, and 帰って行ったの・・・。
This is a nice dream.
マミー、この夢、好き?
Friday, January 21, 2011
いじめ疑惑
3歳の子どもがいじめを経験するはずがない。そう思ってた私は、数日前、寝る前のおはなしをしているときにエリックがToday there were 3 accidents...と言って話し出したことが信じられなかった。
Eによれば、その日、デイケアで3回泣いたというのだ。
1度は、走っていたマシューがEのわき腹にあたって、Eが泣いたということ。これは私も迎えに行ったときにスタッフのキャロラインから聞いていた。「単にアクシデントだったし、マシューは謝って、エリックもあとは握手をして笑っていた」とのことだった。
2度目はエリックがつくっていたレゴ(スペースシップらしい)をマシューが壊したという。Eは泣いて、マシューは謝ったらしい。
3度目は? と聞くと、マシューが突然やってきてエリックの背中をたたいたと言う。
叩かれた? ムムム、これはひょっとすると「いじめ」なのでは? よく考えると、その疑惑を裏付けるような事実がいくつかあった。
まず、最近、I don’t feel like going to schoolと言ってデイケアに行きたくないと朝よく言っていたこと。その割には準備もさっさとするし、靴も自分ではこうとするし、泣くこともなかったのであまり深くは考えていなかったが、それって「いじめ」を示唆するサインだったのでは?と心配が心を過ぎった。
マシューの名前は以前からよく聞いていた。一緒によく遊んでいるみたいで、マシューといっしょに何かしたとか、マシューが泣いたとか、そういうような話がときどき出ていた。そういえば、何度か「マシューが叩いた」というようなことを言っていたといまさらながらに思い出した。
もうひとつは、わからないようにそーっと眺めていたデイケアでのEは、お友達と遊ぶというより、ひとりでみんなの遊ぶのを眺めているという姿だったこと。デイケアのスタッフに言うと「そんなことはないわよ。みんなと会話してるし、一緒に走ったりもしてるわよ。あなたが見たときに、たまたまそうしてただけだと思うわよ」とか、夫も「そうかな。ぼくが見たときにはプレイグラウンドで何人かのお友達とそりをひっぱって笑ってたよ。マシューが中に乗ってたね」という。
マシュー? 無理やりひっぱらせられてたんじゃないの? 疑問はどんどんふくらんでいく・・・。
その夜、エリックが寝たあとで夫にその話をすると、いつもは心配などしない夫もちょっぴり気になったようで、「明日、デイケアのスタッフと話してみる」と言っていた。
その夜はじめて、私はいじめにあった子どもを持つ親の気持ちというのを考えてみた。それは何という不安だろう。自分の子どもが辛い思いをしていると感じるだけでも心苦しいのに、それが今後、その子にどんな悪影響を及ぼすのかを考えるとたまらない。さらに、自分の育て方が悪かったのでは? と自分を振り返って罪悪感すら感じ始めた。もちろん、子育てをした親で「100%後悔はない!」と言い切れる親はいない(ドラゴン・マザーのAmy Chiauですら「後悔はいっぱいある」と言っていた)。でも、子どもがいじめにあっていると知ると、その後悔が後悔をとおりこして、「罪」という重荷となってのしかかってくる。
エリックははじめての場所に行って、遊んでいる子どもたちの輪に積極的に入っていくタイプではない。よく私の後ろに隠れて、そこからじっと子どもたちを観察して、私か大人の手に引っ張られて入っていく、どちらかというと慎重派。のんびりしていて、周りが何をしてようが、わが道を行くというところもある。そうした性格が影響して「いじめ」にあっているのだろうか・・・。
翌日も私の頭のなかはいじめ疑惑でいっぱいだったけれど、とにかく夫の帰りを待つことにした。夫は私の顔を見るなり、笑顔でNo need to worry. I will explain laterと言ったことから、私もほっと一安心した。
話を聞いてみると、夫が「実は、エリックが昨日、学校で叩かれた・・・、という話をしはじめたんだけど・・・」と切り出すなり、スタッフは「あ、それ、マシューのこと?」と察しがついたらしい。
スタッフによれば、マシューは誰彼かまわずお友達を叩くことがあるらしいのだが、エリックはマシューとよく一緒に遊んでいるため、叩かれやすいのだとか。叩かれて、泣くこともあるけれど、いつもはHey! Don't do that. I don't want you to hit me. Don't do it, never, never, again. If you hit me again, I won’t play with you! (やめて! 叩かないでほしいから、絶対に、絶対に2度としないでね。もしまた叩いたら、もう一緒に遊ばないからね)とはっきり大きな声で言っているらしい。エリックは年上の子たちと遊ぶのが好きらしく、1歳上のマシューともよく一緒に遊んでいるそうで、先日はスタッフと話をしているときに「My best friend is Matthiew」と教えてくれたとか。
夫の話を聞いて、「早とちりだったのね」とほっと胸をなでおろした私だが、1晩だけいじめられた子どもの親の立場に立ってみて、これは本当に大変な問題なのだということを実感した。誰かからいやなことをされたときにはきちんと言葉で拒絶することをエリックに繰り返し教えていた夫にはとても感謝している。
今後、ひとつ、私たちができることは、何でもいいのだけれど、エリックが好きなことを見つけるサポートをしてあげて、それを最大限伸ばしてあげること。「これだけは誰にも負けない」という自信があると人間って強いと思うのだ。
こうしていじめ疑惑騒動は一件落着と相成ったのだが、今後どうやってエリックに自信を持たせてあげられるか、といった話を夫ともしたりして、なんだかいろいろ考えさせられるよい機会だったわ・・・。
Eによれば、その日、デイケアで3回泣いたというのだ。
1度は、走っていたマシューがEのわき腹にあたって、Eが泣いたということ。これは私も迎えに行ったときにスタッフのキャロラインから聞いていた。「単にアクシデントだったし、マシューは謝って、エリックもあとは握手をして笑っていた」とのことだった。
2度目はエリックがつくっていたレゴ(スペースシップらしい)をマシューが壊したという。Eは泣いて、マシューは謝ったらしい。
3度目は? と聞くと、マシューが突然やってきてエリックの背中をたたいたと言う。
叩かれた? ムムム、これはひょっとすると「いじめ」なのでは? よく考えると、その疑惑を裏付けるような事実がいくつかあった。
まず、最近、I don’t feel like going to schoolと言ってデイケアに行きたくないと朝よく言っていたこと。その割には準備もさっさとするし、靴も自分ではこうとするし、泣くこともなかったのであまり深くは考えていなかったが、それって「いじめ」を示唆するサインだったのでは?と心配が心を過ぎった。
マシューの名前は以前からよく聞いていた。一緒によく遊んでいるみたいで、マシューといっしょに何かしたとか、マシューが泣いたとか、そういうような話がときどき出ていた。そういえば、何度か「マシューが叩いた」というようなことを言っていたといまさらながらに思い出した。
もうひとつは、わからないようにそーっと眺めていたデイケアでのEは、お友達と遊ぶというより、ひとりでみんなの遊ぶのを眺めているという姿だったこと。デイケアのスタッフに言うと「そんなことはないわよ。みんなと会話してるし、一緒に走ったりもしてるわよ。あなたが見たときに、たまたまそうしてただけだと思うわよ」とか、夫も「そうかな。ぼくが見たときにはプレイグラウンドで何人かのお友達とそりをひっぱって笑ってたよ。マシューが中に乗ってたね」という。
マシュー? 無理やりひっぱらせられてたんじゃないの? 疑問はどんどんふくらんでいく・・・。
その夜、エリックが寝たあとで夫にその話をすると、いつもは心配などしない夫もちょっぴり気になったようで、「明日、デイケアのスタッフと話してみる」と言っていた。
その夜はじめて、私はいじめにあった子どもを持つ親の気持ちというのを考えてみた。それは何という不安だろう。自分の子どもが辛い思いをしていると感じるだけでも心苦しいのに、それが今後、その子にどんな悪影響を及ぼすのかを考えるとたまらない。さらに、自分の育て方が悪かったのでは? と自分を振り返って罪悪感すら感じ始めた。もちろん、子育てをした親で「100%後悔はない!」と言い切れる親はいない(ドラゴン・マザーのAmy Chiauですら「後悔はいっぱいある」と言っていた)。でも、子どもがいじめにあっていると知ると、その後悔が後悔をとおりこして、「罪」という重荷となってのしかかってくる。
エリックははじめての場所に行って、遊んでいる子どもたちの輪に積極的に入っていくタイプではない。よく私の後ろに隠れて、そこからじっと子どもたちを観察して、私か大人の手に引っ張られて入っていく、どちらかというと慎重派。のんびりしていて、周りが何をしてようが、わが道を行くというところもある。そうした性格が影響して「いじめ」にあっているのだろうか・・・。
翌日も私の頭のなかはいじめ疑惑でいっぱいだったけれど、とにかく夫の帰りを待つことにした。夫は私の顔を見るなり、笑顔でNo need to worry. I will explain laterと言ったことから、私もほっと一安心した。
話を聞いてみると、夫が「実は、エリックが昨日、学校で叩かれた・・・、という話をしはじめたんだけど・・・」と切り出すなり、スタッフは「あ、それ、マシューのこと?」と察しがついたらしい。
スタッフによれば、マシューは誰彼かまわずお友達を叩くことがあるらしいのだが、エリックはマシューとよく一緒に遊んでいるため、叩かれやすいのだとか。叩かれて、泣くこともあるけれど、いつもはHey! Don't do that. I don't want you to hit me. Don't do it, never, never, again. If you hit me again, I won’t play with you! (やめて! 叩かないでほしいから、絶対に、絶対に2度としないでね。もしまた叩いたら、もう一緒に遊ばないからね)とはっきり大きな声で言っているらしい。エリックは年上の子たちと遊ぶのが好きらしく、1歳上のマシューともよく一緒に遊んでいるそうで、先日はスタッフと話をしているときに「My best friend is Matthiew」と教えてくれたとか。
夫の話を聞いて、「早とちりだったのね」とほっと胸をなでおろした私だが、1晩だけいじめられた子どもの親の立場に立ってみて、これは本当に大変な問題なのだということを実感した。誰かからいやなことをされたときにはきちんと言葉で拒絶することをエリックに繰り返し教えていた夫にはとても感謝している。
今後、ひとつ、私たちができることは、何でもいいのだけれど、エリックが好きなことを見つけるサポートをしてあげて、それを最大限伸ばしてあげること。「これだけは誰にも負けない」という自信があると人間って強いと思うのだ。
こうしていじめ疑惑騒動は一件落着と相成ったのだが、今後どうやってエリックに自信を持たせてあげられるか、といった話を夫ともしたりして、なんだかいろいろ考えさせられるよい機会だったわ・・・。
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